松前藩のアイヌ宛て最古の文書の原本 ロシアで発見

松前藩のアイヌ宛て最古の文書の原本 ロシアで発見

東京大学史料編纂所などの研究チームの調査によると、江戸時代後期の1778(安永7)年に、当時の松前藩から北海道東部のアイヌ民族の有力者に宛てた文書の原本が、ロシア国立サンクトペテルブルク図書館で見つかった。240年前の文書で、アイヌ民族とロシア人との接点や交易・交流を示すものとして注目される。
文書は松前藩の蝦夷地奉行から、根室半島”ノッカマップ”(現在の北海道根室市)を拠点としていたアイヌ民族の有力者、ションコに宛てたもの。交易に使われる施設の「運上小家」の火の用心に努めよ、和人の漂流船が漂着した際は、この文書を見せて介抱の上、送り届けよ-など4項目を「定(指示)」とし、背いた者は厳罰に処すと記されている。同チームは、鎖国の時代にアイヌの手から蝦夷地を訪れたロシア人に渡ったものとみている。
アイヌのションコは、1789年、幕府・松前藩治政下、過酷な労働環境などに不満を持ったアイヌ民族が武装蜂起し和人71人を殺害した「クナシリ・メナシの戦い」を、終息に導いた功労者の一人と言われている。