MLBで今季から「ロボット審判導入」

3月25日(日本時間26日)に開幕するMLBで今季から「ロボット審判」が導入される。これはストライクとボールの判定を機械が補助するもの。全投球ではなく、球審に異議申し立てする「チャレンジ制度」に限っての適用となる。 各球場に12台の高性能カメラ「ホークアイ」が設置される。ロボット審判の正式名称は「自動ボール・ストライク判定システム」(ABS)。

日産 中国で新型SUV 航続距離1,450kmも

日産自動車は3月20日、中国・広東省広州市で新型車の発表会を開いた。多目的スポーツ車(SUV)の新型車「NX8」の予約販売を開始したと発表した。NX8は中国合弁ブランド「東風日産」から4月に正式発売する。 電気自動車(EV)に加え、新たな電動システムを搭載した航続距離1,450kmのタイプも揃えている。これにより、EVの航続距離に不安を持つ消費者の意識を払拭する。

外相 停戦後ホルムズ海峡への自衛隊派遣に言及

茂木敏充外相は3月22日、テレビ番組で米・イスラエルとイランの停戦実現後、中東エネルギー輸送の要衝、ホルムズ海峡で機雷掃海が必要となった場合、自衛隊を派遣する可能性に言及した。茂木氏は「日本の機雷掃海の技術は世界最高だ。停戦状態になり、機雷が障害だという場合には(派遣を)考えることになる」と話した。 自衛隊法は、停戦後の遺棄機雷の掃海を認めている。1991年の湾岸戦争の停戦後、海上自衛隊の掃海艇をペルシャ湾に派遣し、イラクが敷設した機雷を除去。自衛隊初の本格的な海外派遣の実績がある。

霧島 大関復帰へ, 安青錦綱取り一転カド番

大相撲春場所(会場:エディオンアリーナ大阪、3月22日千秋楽)は、13日目まで安定した取り口で優勝争いをリードした関脇・霧島が14日目、千秋楽と連敗したが、12章3敗で3度目の優勝を飾り、大関復帰をほぼ確実にした。 一方、入幕後、11勝以上を挙げ異例のスピード出世で、先場所まで盤石な取り口で横綱昇進を目指していた大関・安青錦は大きく崩れ、7勝8敗と負け越した。この結果、来場所は”カド番”を迎えることになった。 夏場所は5月10日から東京・両国国技館で行われる。

イラン代表 ホルムズ海峡の安全航行に協力

イランメディアは3月22日、国際海事機関(IMO、本部:英ロンドン)でイラン代表を務めるムサビ駐英大使は、ホルムズ海峡の船舶の安全な航行を巡り、「イランはIMOと協力する意思がある」と伝えた。ムサビ氏は、イランはIMO加盟国であり、「義務と責任を認識している」と説明。ホルムズ海峡は敵国の船を除き、すべての船舶に開放されているとし、IMOなどとともに状況改善に取り組みたいとの考えを示している。

パウエル氏 FRB議長任期切れ後も続投?も

米連邦準備制度理事会(FRB)のパウエル議長は3月18日の記者会見で、自身への刑事捜査が続く間はFRBに残るーーと語った。 トランプ米大統領が次期議長に指名したウォーシュ元理事の人事承認も進まず、パウエル氏が任期(5月15日)切れ以降も議長として続投するシナリオも考えられる。

サッカー女子 アジア杯で日本2大会ぶりV

サッカー女子のアジア・カップは3月21日、オーストラリア・シドニーで決勝戦が行われ、日本代表「なでしこジャパン」が1−0で開催国オーストラリアを下し、2大会ぶり3度目の優勝を飾った。今大会6ゴールを挙げた植木が得点王に輝いた。 2024年12月に就任したニールセン監督のもとで、初めて挑んだ主要国際大会で頂点に立った。

日本 ベトナムにODA900億円借款供与

日本政府は3月20日、ベトナム政府と総額約900億円を貸し付ける政府開発援助(ODA)を供与することで合意したと発表した。ベトナムのグリーントランスフォーメーション(GX)や災害対策を支援する。ベトナム財務省と3案件のODA供与について署名した。

認知症で行方不明 全国で1日約50人, 注視を

全国で認知症の行方不明者が後を絶たない。警察庁の最新のまとめによると、2024年に届けが受理された行方不明者は約8万2,500人。そのうち認知症やその疑いが原因とされるのは全体の2割以上の1万8,121人に上る。 これを1日あたりで計算すると、約50人もの行方が分からなくなっている。繰り返される徘徊や、わずかな前兆を見逃すと、即50人の中に入ってしまう。行方不明後、1週間以内に手掛かりが掴めないと、生還できる、あるいは見つけられる確率が大幅に低下する。認知症者を抱える家族はこのことを常に念頭に置いておきたい。

飛鳥・甘樫丘で官僚邸宅か 天武・持統朝の塀跡 

奈良県明日香村教育委員会は3月18日、同村の甘樫丘(あまかしのおか)遺跡群で、7世紀後半に造られたとみられる塀跡が見つかったと発表した。今回見つかったのは1辺約1.2mの方形の柱穴5カ所。昨年度の調査結果分も合わせると南北15m以上、東西7.2m以上の敷地を区画する塀があったとみられる。 専門家は律令国家の成立を目指していた天武・持統両天皇の時期の甘樫丘は官僚層の住宅施設があった可能性を指摘する。また、ここは有力豪族らの政争の場でもあった。 「日本書紀」によると、飛鳥時代前半の有力豪族で、天皇を凌ぐほどの権勢を誇った蘇我蝦夷(えみし)と息子の入鹿(いるか)が甘樫丘に邸宅を築いているが、中大兄皇子、中臣鎌足(後の藤原鎌足)らによる645年の「乙巳(いっし)の変」で、その豪壮な邸宅は焼き払われたとされる。