ルーマニアの地元メディアによると、3年前に英国で盗まれた17世紀に科学者ガリレオ・ガリレイやアイザック・ニュートンが著した書籍の初版本などおよそ200冊が、ルーマニアの住宅の床下から見つかった。
英国では同じ手口による貴重な文化財を狙った窃盗事件が相次いでいて、警察はこれまでにルーマニアの犯罪集団の13人を逮捕・起訴している。これらの本は3年前、英国のオークションにかけられるため、ロンドン西部の倉庫で保管されていたところ、屋根に穴が開けられ、侵入者を探知するセンサーをかいくぐる形で盗まれたという。
警察は被害額について、盗難に遭った書籍類は250万ポンド、およそ3億4,000万円相当の価値があるとしている。
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南滋賀遺跡で古墳時代後期の国内最古の木製のこま出土
滋賀県大津市教育委員会はこのほど、南滋賀遺跡で古墳時代後期(6世紀後半~7世紀前半)の遺跡から国内最古の木製のこまが出土したと発表した。長さ6cm、最大幅4cm、下端部に突起がある。祭祀(さいし)に使われる木札「斎串(いぐし)」なども一緒に見つかっていることから、こまも祭祀用だったとみられる。
これまでは藤原宮跡(所在地:奈良県橿原市)で見つかった7世紀後半のこまが最古とされているが、これを100年近く遡ることになる。今回、集合住宅建設に伴う事前の発掘調査で出土した。
遺跡周辺は渡来人の集落跡や古代寺院が多くあり、667年には天智天皇が近江大津宮へ遷都するなど、当時の文化的先進地だったとされる。
弥生時代前期の6つの墓・土器出土 神戸「玉津田中遺跡」
浅井長政”姉川の戦い”後も京都に影響力 京都の寺で安堵状
近江の戦国大名、浅井長政が”姉川の戦い”で織田信長に敗れた後、京都の寺に宛てた文書が見つかった。この文書は、京都市左京区の寺、勝林院で見つかり、滋賀県長浜市の学芸専門監が調べた結果、花押や内容から、長政がこの寺に送った「安堵状(あんどじょう)」と判断された。
このことから長政は、信長に敗れた後、衰退の一途をたどったのではなく、近畿エリアで一定の勢力を保っていたことを裏付ける内容だとしている。安堵状は、幕府や領主が支配下にある寺院などに対し、領地を保証するため発行したもので、今回見つかった文書には「領地異議あるべからず候」と記されている。
長政のこの文書が書かれたのは元亀元(1570)年11月。長政はこの5カ月前、姉川の戦いで織田信長・徳川家康の軍勢に敗れている。
「京都五山送り火」コロナで密避け、大幅に規模縮小し実施
大阪「うめきた」で1,500体超の人骨出土 江戸~明治期の埋葬跡
大阪市教育委員会、大阪市文化財協会は8月13日、江戸~明治時代に現在のJR大阪駅北側再開発区域「うめきた」(大阪市北区)にあった「梅田墓」について、発掘調査の結果、1,500体以上の埋葬人骨が出土したと発表した。
市内でこれほど多くの埋葬跡が一度に見つかるのは初めてで、全国的にも珍しい。これらは庶民階級の墓とみられ、今後は骨を調べ、葬送文化や生活環境などを詳しく分析する。発掘調査はうめきた再開発事業に伴って始まり、2017年2~6月の調査で墓地の南北端の石垣や約200体の埋葬人骨が見つかっている。
梅田墓は、江戸初期に天満周辺にあった墓を、現在の大阪駅の南側付近に集めたのが始まりで、その後、現在のうめきた南西部に再移転したとされる。大坂に7カ所あった「大坂七墓」の一つ。近松門左衛門の作品、浄瑠璃「曽根崎心中」や「心中天網島」などにも登場する。