私説 小倉百人一首 No.53 右大将道綱母

右大将道綱母
※「蜻蛉日記」の著者。

なげきつつひとりぬる夜の明くる間は
       いかに久しきものとかは知る

【歌の背景】夫の摂政、藤原兼家が夜、彼女の家に来たとき門を開けるのが遅かったので、そのまま夫は帰ってしまい、いつも通っていると思われる他の女性のところへ行ってしまった。その翌朝、夫のもとへこの歌を送ったという。
 当時の結婚形態は一夫多妻であった。兼家にも多くの女性、愛人がいた。したがって、作者も夫の来訪を夜ごと待たなければならなかった。この歌には浮気な夫に対する恨みごとが見事に歌い込まれている。

【歌意】あなたがおいでにならないのを嘆きながら、自分一人で寝る夜の明け方までの時間は、どんなに長く感じられることか。それをあなたはご存知なのでしょうか。おそらくご存知ないのでしょう。

【作者のプロフィル】この作者の名は不明。藤原倫寧(ともやす)のむすめで、摂政藤原兼家の妻となり右大将道綱を生んだ。わが国日記文学の代表的作品「蜻蛉日記」の筆者であり、美人で賢い女性だった。
 「蜻蛉日記」は21年間の回想記録で、多情な夫に真実の愛を求めて苦しみ、やがて一子道綱への、母としての愛情に生きる道を見出していく王朝女性の苦難が詳しく描かれている。
 「更級日記」の作者、藤原孝標(たかすえ)のむすめは姪にあたる。