「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

京都・下鴨神社で新春恒例「蹴鞠初め」巧みな技披露

京都・下鴨神社で新春恒例「蹴鞠初め」巧みな技披露
 蹴鞠(けまり)を奉納する新春恒例の「蹴鞠初め」が2014年1月4日、京都市の下鴨神社で催された。保存会のメンバーら、伝統装束に身をまとった男女が鞠を高々と蹴り上げ、巧みな技を披露した。鞠が続けて宙を舞うごとに、見物客は歓声と拍手を送っていた。奉納後には6月に開催されるワールドカップ・ブラジル大会にちなみ、サッカーボールを使った蹴鞠も披露された。

隠岐で1200万年前の地層から二枚貝の新種の化石発見

隠岐で1200万年前の地層から二枚貝の新種の化石発見
 島根大と北海道教育大の合同チームは12月28日、島根県・隠岐諸島の1200万年前の地層から二枚貝の新種2種の化石が見つかったと発表した。「オキノホタテ」と「ゴダイゴソデガイ」と命名し、2014年1月発行の日本古生物学会の国際誌に掲載される。
 オキノホタテは大きさ2~8㌢で、ヤベホタテガイ属では最古の種となる。従来種に比べ、貝殻の扇状の広がりの角度が大きいのが特徴。ゴダイゴソデガイは、隠岐へ流罪になった後醍醐天皇にちなんで名付けられた。大きさ約1㌢と従来種より小さく、殻の模様が少ないことから新種と断定した。今回の2種は比較的水温の低い海の生息したとされる。当時は大陸と日本列島の間が隆起して陸続きになりつつあった時代で、対馬海峡から日本海に流れ込む暖流が少なくなり、水温が下がるなど環境が変化したと考えられるという。

『歴史くらぶ』が選ぶ2013年 10大ニュース

『歴史くらぶ』が選ぶ2013年 10大ニュース
①「卑弥呼の墓」解明へ 箸墓古墳など宮内庁が調査許可
②新宿で4000年前の縄文時代の人骨11体分発見
③藤原京跡北で古代の幹線道路「中ツ道」路面の遺構発見
④「御堂関白記」「慶長遣欧使節関係資料」世界記憶遺産に
⑤縄文人は普通に調理?土器の焦げ跡に魚を煮炊きした跡
⑥秀吉の「賎ヶ岳の合戦」戦略指示書発見 官兵衛も参戦
⑦現代語の新作能「世阿弥」上演 生誕650年記念
⑧南アでチンパンジーとヒトの特徴持つ猿人の骨格発見
⑨カンボジアでアンコールワットより古い巨大遺跡発見
⑩日本庭園の元祖 奈良・飛鳥京跡苑池の南池の全容判明

群馬の金井東裏遺跡で骨製小札を発見 よろいの一部か

群馬の金井東裏遺跡で骨製小札を発見 よろいの一部か
 群馬県埋蔵文化財調査事業団によると、群馬県渋川市の金井東裏遺跡で、動物の骨でつくられた小札(こざね)と呼ばれる短冊状の板が新たに見つかった。数十枚が連結された状態で、よろいの一部か付属品とみられる。骨製小札が見つかったのは国内で初めて。骨製小札は、1枚が縦6.6㌢、横約3㌢、厚さ数㍉。1段あたり十数枚が、3段にとじられていた。同遺跡からは、6世紀初め(古墳時代)の火山灰層からよろいを着けた男性の骨が出土しているが、この出土場所近くで、巻かれた状態で見つかった別の鉄製よろいの内部にあった。

カステラ箱から古墳時代の”一級品”金銅製馬具出土

カステラ箱から古墳時代の”一級品”金銅製馬具出土
 大正時代に三重県津市で、6世紀末~7世紀初頭の金銅製馬具が出土していたことが分かった。同市内の民家で長年、紙のカステラ箱に入れて保管されていた。奈良県橿原考古学研究所によると、現在は消滅した古墳の副葬品とみられる。竜や鳳凰の精緻な透かし彫りがあり、当時の一級品という。馬具は馬の口にくわえさせる轡(くつわ)、革帯をつなぐ辻金具など。1915年(大正4年)に警察に提出した「発掘届」もあった。出土地に有力豪族がいた記録はなく未知の有力者の存在を示す資料という。

襖絵10枚が円山応挙の作と確認 京都の美術館で公開

襖絵10枚が円山応挙の作と確認 京都の美術館で公開
 京都市の相国寺(上京区)が所蔵する襖(ふすま)絵が、江戸時代中期の画家、円山応挙の作品であることが確認され、12月20日、相国寺承天閣美術館で報道陣に公開された。円山応挙展後期展で21日から2014年3月23日まで一般公開される。襖絵は20枚からなり、寺の開山堂に飾られていた。うち雪景色の山里を描いた「雪中山水図」10枚が応挙作と分かった。応挙は当初、これらを京都御所の女院御所向けに制作。1807年に建物ごと相国寺に与えられ、寺は移築し開山堂として使っていた。寺の記録と応挙の弟子が残した制作記録とが一致した。

後桜町天皇しのび式年祭 歴代最後の女帝200回目の命日

後桜町天皇しのび式年祭 歴代最後の女帝200回目の命日
 後桜町天皇(1740~1813年)が亡くなって200回目の命日祭「式年祭」が12月24日、京都市東山区の泉涌寺の月輪陵(つきのわのみささぎ)と皇居で行われた。後桜町天皇は江戸時代中期の1762年、弟の桃園天皇が急逝したため、23歳で皇位を継承。桃園天皇の5歳の長男(後の後桃園天皇)を教育し、1780年に譲位した。歴史上、8人いた女帝のうち最後の女帝で、「大嘗祭(だいじょうさい)」を女帝として奈良時代の称徳天皇以来、約1000年ぶりに実施。和歌に秀で、約2000首を残した。生涯結婚せず、74歳で亡くなった。
 この日は月輪陵に入る檜皮(ひわだ)ぶきの唐門が特別に開かれ、そのすぐ下の儀式場で午前10時から宮内庁式部職楽部の楽師が笛や笙(しょう)、篳篥(ひちりき)で奏楽を開始。供物台に米や酒、餅、海の幸の鯛と昆布、里の幸の大根とにんじん、りんご、ようかん、塩、水を載せた三方9台が運ばれ、祭祀を執り行う掌典が祝詞を奏上した。
 続いて、天皇陛下からの供物として絹の反物が捧げられ、陛下の「ご祭文」を黒色の装束姿の勅使が読み上げた。関係者ら約40人が参列し、儀式は約30分で終了した。皇居でも天皇陛下らが拝礼された。

1300年前の東北最古級?の木簡出土 製鉄作業者の名簿

1300年前の東北最古級?の木簡出土 製鉄作業者の名簿
 宮城県教育委員会によると、宮城県山元町の熊の作遺跡から、製鉄作業に従事していた人を管理する名簿とみられる約1300年前の木簡が見つかった。東北地方で出土した木管の中では最古級という。木簡は一部が破損。上に「信夫郡安岐里人」、その下に「大伴部法麻呂」など4人の男性の名前が書かれていた。信夫郡安岐里は、福島市と福島県川俣町の境界付近に当たる地名。大宝律令の郡里制に基づく表記から、制度が施行されていた701~717年の木簡とみられる。
 遺跡では製鉄工房跡も確認されており、約40㌔離れた安岐里から製鉄作業に動員された人を管理する名簿と推測されるという。同県教委は8世紀初めに、律令制度による支配がこの地域に及んでいたことを示す貴重な史料としている。木簡は2014年1月26日まで山元町歴史民俗資料館で展示される。

兵庫県赤穂市で110回目「赤穂義士祭」ゲストに松平健さん

兵庫県赤穂市で110回目「赤穂義士祭」ゲストに松平健さん
 赤穂浪士が吉良上野介邸に討ち入った日に当たる12月14日、兵庫県赤穂市で「赤穂義士祭」が開催された。110回目となる今回は、大石内蔵助役のゲストとして俳優の松平健さん(60)が参加した。クライマックスは、47人の義士に扮した市民らが練り歩く「義士行列」。沿道には約8万人が詰めかけ、黒の羽織に刀を差し、討ち入り装束に身を包んだ松平さんはじめ参加者らは、笑顔で歓声に応えていた。

華やかな時代装束で奈良・春日大社の「春日若宮おん祭」

華やかな時代装束で奈良・春日大社の「春日若宮おん祭」
 奈良市の春日大社で平安時代から続く「春日若宮おん祭」(国重要無形民俗文化財)が12月17日行われた。おん祭は春日大社の境内にある若宮神社の例祭で、人々が飢饉と疫病に苦しんだ1136年、関白の藤原忠通が神霊に国の安泰を祈願したしたのが始まり。華やかな時代装束で約1000人が練り歩く「お渡り式」があり、多くの観光客が詰めかけた。