「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

京都・六波羅で平家一門の屋敷遺構見つかる

京都市東山区の「六波羅」と呼ばれる地域で、平安時代後期、総帥・平清盛のもと隆盛を誇った平家一門の屋敷の一部とみられる堀の跡などが見つかった。この付近には平家一門が拠点を築いていたことは、平家物語など記録に残っているが、実際に遺構が見つかるのは初めてという。堀の跡は東西に長さ15m、深さ1.4mで一番上の部分の幅は3mほどだが、深くなるにつれ狭くなっている。南側に土塁が積まれた跡があることから、南に屋敷が広がっていたとみられ、堀の中からは平安時代後期にあたる12世紀ごろの土器が多く出土したという。この地域でホテル建設が計画され、民間の発掘調査会社が2018年12月から調査を進めていた。

コウモリの翼持った恐竜の化石 中国遼寧省で発見

中国遼寧省のおよそ1億6,300万年前の地層から、2017年見つかった、コウモリのような翼を持つ新種の恐竜の化石が、恐竜から鳥類へと進化していく過程をめぐる研究に一石を投じている。化石は全身の骨格がほぼ完全な状態で、体長は32cmとハトほどの大きさ。前足の手首から細長に骨が伸び、指と骨との間に膜状の翼の痕跡があったほか、化石の首から肩にかけて羽毛が生えていたことを示す痕跡も確認された。このため、この恐竜は全身が羽毛で覆われる一方で、コウモリのような膜の翼を持ち、ムササビのように滑空していたと考えられている。これらの研究成果は、英国の科学雑誌「ネイチャー」に掲載された。

「ㇺジークフェストなら」開幕 23日間に300のコンサート

奈良県の世界文化遺産、東大寺をはじめ元興寺、唐招提寺などを会場に、23日間にわたって約300のコンサートが開かれる音楽祭「ムジークフェストなら」が5月18日、開幕した。初日の18日あ東大寺の大仏殿で記念の式典が行われ、プロの歌手や地元の子供たちがクラシックや民謡などを次々と奉納した。訪れた人たちは、厳かな大仏殿には非日常的な、響き渡る歌声とピアノや三味線の音色を堪能した。ムジークフェストならは、奈良の魅力を、奈良ならではの有名な寺社仏閣を会場に使用し、音楽とともに発信しようと、毎年この時期に開かれている。

京都「葵祭」都大路に雅な平安装束の行列

京都「葵祭」都大路に雅な平安装束の行列

京都三大祭の一つ、「葵祭」が5月15日行われ、平安装束を身に着け、祭りの名前の由来となっている”フタバアオイ”を飾り付けた、およそ500人の雅な雰囲気の行列が、京都御所→下鴨神社→上賀茂神社をおよそ5時間かけて巡行した。沿道には警察発表でおよそ4万7,000人が詰めかけ、華やかな平安絵巻を楽しんだ。十二単(ひとえ)に身を包んだ祭りの主役、令和元年の「斎王代」を務めたのは負野李花さん(23)。
葵祭はおよそ1,400年前、欽明天皇が五穀豊穣を祈って馬を走らせたのが始まりとされている。

縄文人の全遺伝情報を解読 日本人のルーツに迫れるか

縄文人の全遺伝情報を解読 日本人のルーツに迫れるか

国立科学博物館、国立遺伝学研究所、東京大学などの研究グループは5月13日、縄文人の全遺伝(全ゲノム)情報を解析し、縄文人に関する様々なことが分かったと発表した。これにより、アフリカで生まれた人類集団がどのようにして東アジア各地に広がったのか?日本人の祖先がどこから来たのか?こうした謎に迫る貴重なデータとなるはずだ。
同グループは、北海道・礼文島の船泊遺跡で発掘された3,800年前の縄文人女性の人骨の歯からDNAを取り出して、最先端の解析装置を使い30億対の塩基配列すべての遺伝情報を解読。現代人のゲノム解析と同じ精度でDNA上の配列を特定した。
この結果、縄文人の祖先となる集団が東アジアの大陸に残った集団から分かれた時期が約3万8,000年前から1万8,000年前であることが分かった。また、今回の解析で国内の地域ごとに、縄文人から現代人に受け継がれたゲノムの割合が大きく異なることも分かった。
東京でサンプルを取った本州の人々では縄文人のゲノムを約10%受け継ぎ、北海道のアイヌの人たちでは割合が約7割、沖縄の人たちで約3割だった。
同グループは、詳細を5月末にも学術誌で発表する。

百舌鳥・古市古墳群 世界遺産登録へ イコモスが勧告

百舌鳥・古市古墳群 世界遺産登録へ イコモスが勧告

ユネスコの諮問機関、イコモスはこのほど、世界文化遺産への登録を目指していた大阪府南部の「百舌鳥・古市古墳群」について、登録することがふさわしいとする勧告をまとめた。これにより、今年アゼルバイジャンで開かれる世界遺産委員会で正式に世界文化遺産に登録される見通しとなった。
同古墳群は、堺市、羽曳野市、藤井寺市にまたがる2つの古墳群で、宮内庁が「仁徳天皇陵」として管理する国内最大の前方後円墳など4世紀後半から5世紀後半ごろに築造された49基が構成要素になっている。大阪府からの登録はこれが初めて。

信長祀る京都・建勲神社でゆかりの金平糖奉納

信長祀る京都・建勲神社でゆかりの金平糖奉納

織田信長を祀る京都市北区紫野の建勲神社で5月12日、450年前のこの日、信長がポルトガルの宣教師ルイス・フロイスと面会し、金平糖とろうそくが献上されたと伝えられていることにちなみ、金平糖が奉納される神事が行われた。
奉納したのは京都市内の金平糖専門店の社長。小分けした金平糖100袋を奉納した。神職が祝詞をあげた後、社長が玉串を捧げ、南蛮文化を好んだという信長の遺徳をしのんだ。

橋本左内「啓発録」の活字本 福井・あわら市で発見

橋本左内「啓発録」の活字本 福井・あわら市で発見

幕末、大老・井伊直弼がらつ腕を振るった「安政の大獄」で散った福井藩の若き英才、橋本左内(1834~59年)が著した「啓発録」の、1889(明治22)年に出版された活字本が福井県あわら市内の民家で見つかった。
国立国会図書館の蔵書履歴によると、今回見つかったものは啓発録の活字本では最も早い出版とみられる。縦19cm、横12.5cmで38ページ。漢字カナ交じり文で書かれている。巻末には編集・発行は鹿児島県士族 山本忠輔と記載がある。
啓発録は、左内が幼少期から人生の目標や規範を書き記したもの。

朝鮮通信使受け入れで功績の雨森芳洲の展示を一新

朝鮮通信使受け入れで功績の雨森芳洲の展示を一新

江戸時代、朝鮮半島から派遣された外交使節団「朝鮮通信使」の幕府側の窓口として大きな役割を果たした儒学者、雨森芳洲の業績を紹介する滋賀県長浜市高月町の展示施設がこのほど、35年ぶりにリニューアルされオープンした。
同施設は、平成29(2017)年に朝鮮通信使に関する歴史的な資料が、ユネスコの「世界の記憶」に登録されたことを受け、オープンから35年ぶりに初めてリニューアル、展示内容が一新された。
新たな展示では、芳洲の生い立ちや朝鮮通信使との関わりなどを8枚のパネルで分かりやすく説明している。また、芳洲が書いた外交の意見書で、世界の記憶にも登録された「交隣提醒」など20点の関連文書の複製なども展示されている。

令和初の一般参賀に14万人超「国民の幸せと世界の平和を」

令和初の一般参賀に14万人超「国民の幸せと世界の平和を」

5月1日に即位された天皇陛下の、令和初の一般参賀が4日、皇居で行われ合わせて14万1,130人が訪れた。
皇居の正門前には、午前9時過ぎの時点でおよそ5万人が集まり、予定より20分早く開門された。即位後、初めて一般の人たちを前に天皇陛下は「ここに皆さんの健康と幸せを祈るとともに、わが国が諸外国と手を携えて世界の平和をを求めつつ、一層の発展を遂げることを心から願っております」と述べられた。
天皇陛下は1日で皇后さまや秋篠宮さまなど皇族方とともに、合わせて6回ベランダに立ち、手を振って訪れた人たちに応えられた。