色づき始めた奈良・談山神社境内で「けまり祭」
奈良県桜井市の談山神社で11月3日、恒例の「けまり祭」が開かれた。木々が紅や黄に色づき始めた境内で行われ、参拝者らを楽しませた。烏帽子に鞠水干(まりすいかん)と呼ばれる上衣姿の保存会の人たちが8人グループになり、鹿の皮でできたまりを蹴りながら、落とさずにパスが続くと参拝者から歓声が沸いていた。
けまり祭は、神社が祀る藤原(当時は中臣)鎌足が、中大兄皇子(後の天智天皇)と蹴鞠会(けまりえ)で出会ったという故事にちなみ、毎年春と秋に開催されている。
長岡京 大極殿院の規模特定 礎石の据え付け穴など発見
京都府向日(むこう)市埋蔵文化財センターは10月22日、平安京遷都(794年)までの10年間、桓武天皇治政下、都が置かれた長岡京の中枢部、長岡宮の跡(京都府向日市)で、大極殿を囲む北側回廊の柱を支えた礎石の据え付け穴や、その南北の溝状遺構が見つかった。
桓武天皇が政務を執った大極殿の回廊の柱位置や幅が特定できたのは初めて。3列になった穴8個(直径1.2㍍、深さ10㌢)や、基壇(土台部分)を支える化粧石を抜き取った溝を確認。柱の間隔は東西に3.6㍍、南北に2.4㍍で、壁を挟んで二つの通路が並ぶ「複廊」構造だった。
過去の調査で大極殿のあるエリア「大極殿院」は東西約105㍍、南北約122㍍の縦長だったと推測されていたが、今回の発掘からそうした規模が確実となった。
「梟の城」執筆した作家・司馬遼太郎の文机帰郷
来年没後20年になる作家、司馬遼太郎(1923~96年)が、直木賞を受賞した「梟(ふくろう)の城」(1960年1月受賞)など初期作品を大阪市内で執筆していたころの文机が委託先から約半世紀ぶりに帰郷した。東大阪市の終の棲家(ついのすみか)跡に建てられた司馬遼太郎記念館が10月20日、公表した。
木製で幅81.5㌢、奥行き55㌢、高さ33㌢、引き出しが三つの座り机。司馬は1959年1月、産経新聞の同僚記者だった福田みどりさん(2014年11月)と結婚。それまで暮らしていた大阪府八尾市から、大阪市西区の「西長堀アパート」に移住した.机は八尾時代から新婚アパート時代初期までの間に使われ、直木賞受賞作の他に長編「花咲ける上方武士道」などが生み出された。