care のすべての投稿

色づき始めた奈良・談山神社境内で「けまり祭」

色づき始めた奈良・談山神社境内で「けまり祭」

奈良県桜井市の談山神社で11月3日、恒例の「けまり祭」が開かれた。木々が紅や黄に色づき始めた境内で行われ、参拝者らを楽しませた。烏帽子に鞠水干(まりすいかん)と呼ばれる上衣姿の保存会の人たちが8人グループになり、鹿の皮でできたまりを蹴りながら、落とさずにパスが続くと参拝者から歓声が沸いていた。
けまり祭は、神社が祀る藤原(当時は中臣)鎌足が、中大兄皇子(後の天智天皇)と蹴鞠会(けまりえ)で出会ったという故事にちなみ、毎年春と秋に開催されている。

はねのある字体の珍しい「和同開珎」長岡京で発見

はねのある字体の珍しい「和同開珎」長岡京で発見

桓武天皇が造営した長岡京(784~794年、京都府長岡京市など)跡から字体にはねのある珍しい「和同開珎(わどうかいちん)」が3枚見つかり、同市埋蔵文化財センターが11月2日までに発表した。出土したのは「和同開珎」の4字すべてにはねがある2枚と、「和同珎」の3字にはねがある1枚。
字体にはねのある和同開珎は長岡京市以外で石川、滋賀、奈良の3県でしか見つかっておらず、全国で数十枚しかないという。

3年半ぶり日中韓首脳会談 再び定例化 次回は日本で

3年半ぶり日中韓首脳会談 再び定例化 次回は日本で

安倍晋三首相と中国の李克強首相、韓国の朴槿恵大統領は11月1日、韓国ソウルの青瓦台(大統領府)で会談した。日中韓首脳会談は2012年5月以来、約3年半ぶり。3首脳は日中韓首脳会談を再び定例化し、次回会合を日本で来年開くことで合意。「歴史を直視し、未来に向かう精神の下、諸課題を適切に対処する」の文言を盛り込んだ共同宣言を採択した。

与謝野晶子 病床の最晩年の草稿見つかる 推敲の跡

与謝野晶子  病床の最晩年の草稿見つかる  推敲の跡

歌人の与謝野晶子(1878~1942年)が亡くなる直前、病床で書き付けた短歌の草稿ノートが、東京都内の親戚宅で見つかった。かすれて乱れた鉛筆書きで、与謝野晶子記念館(大阪府堺市)では「病床にあっても、最期まで創作を続けた晶子の熱情がうかがえる」としている。
ノートは晶子のひ孫が都内の自宅の納戸で見つけ、2014年秋、同記念館に調査を依頼していた。ノートには晶子の絶筆とされる歌掛け軸「連峯の雲」(堺市博物館蔵)の歌の草稿もあった。雲が山々に映える箱根・十国峠の風景を詠んだ歌で、推敲を重ねた跡があった。

秀吉「本能寺の変」時の家族の避難警護の家臣に感謝

秀吉「本能寺の変」時の家族の避難警護の家臣に感謝

滋賀県長浜市の長浜城歴史博物館は10月29日、「本能寺の変」(1582年)の直後、豊臣(当時は羽柴)秀吉の居城だった長浜城にいた母・なかと妻おねらの逃避行を警護した家臣・広瀬兵庫助に宛てた古文書2通が見つかったと発表した。「(母や妻のために)尽力してもらってうれしい」という趣旨のねぎらいと恩賞を与えると記したもので、兵庫助の子孫が9月に原本を同博物館に寄託した。11月11日から同博物館で展示される。
兵庫助は、この逃避行の同中敬語を担当し、美濃国広瀬村(岐阜県揖斐川町坂内広瀬)にあった自らの館にかくまったとされてきた。

天平の音色肌で感じて! 10/24から「正倉院展」

天平の音色肌で感じて! 10/24から「正倉院展

奈良・正倉院に伝わる宝物を紹介する「第67回正倉院展」の開会式が10月23日、奈良市の奈良国立博物館で開かれ、招待客約2600人が訪れた。一般公開は24日から11月9日までの17日間。
今回は初出展12件を含む宝物63件を展示。象牙や緑色に染めた鹿角などで作られた花文様がリズミカルに背面を飾る「紫檀木画槽琵琶(したんもくがそうのびわ)」や宝物リスト「国家珍宝帳」に記載された聖武天皇遺愛の「七条褐色紬袈裟(しちじょうかっしょくのつむぎのけさ)」、大ぶりのハスの花が目を引くフェルトの敷物「花せん」など、逸品が並ぶ。

長岡京 大極殿院の規模特定 礎石の据え付け穴など発見

長岡京 大極殿院の規模特定 礎石の据え付け穴など発見

京都府向日(むこう)市埋蔵文化財センターは10月22日、平安京遷都(794年)までの10年間、桓武天皇治政下、都が置かれた長岡京の中枢部、長岡宮の跡(京都府向日市)で、大極殿を囲む北側回廊の柱を支えた礎石の据え付け穴や、その南北の溝状遺構が見つかった。
桓武天皇が政務を執った大極殿の回廊の柱位置や幅が特定できたのは初めて。3列になった穴8個(直径1.2㍍、深さ10㌢)や、基壇(土台部分)を支える化粧石を抜き取った溝を確認。柱の間隔は東西に3.6㍍、南北に2.4㍍で、壁を挟んで二つの通路が並ぶ「複廊」構造だった。
過去の調査で大極殿のあるエリア「大極殿院」は東西約105㍍、南北約122㍍の縦長だったと推測されていたが、今回の発掘からそうした規模が確実となった。

悩める乱歩の未発表手記見つかる 内面赤裸々に記す

悩める乱歩の未発表手記見つかる 内面赤裸々に記す

今年没後50年にあたる作家・江戸川乱歩(平井太郎、1894~1965年)の1936(昭和11)年の日付が記された未発表手記が見つかった。「怪人二十面相」などで人気を得ながら悩み、海外の文学や哲学を読んで思索を深めていたことが分かる。従来の自伝や随筆に見られない乱歩の生の思いが伝わる貴重な資料だ。
手記は原稿用紙38枚。遺族が立教大に寄託した資料から成蹊大の浜田雄介教授らが見つけた。日付は同年6月18日から7月5日で、タイトルは「誰にも宛てない手紙」などを消して「独語」に。欄外に赤字で「発表せず」と書かれていた。

「梟の城」執筆した作家・司馬遼太郎の文机帰郷

「梟の城」執筆した作家・司馬遼太郎の文机帰郷

来年没後20年になる作家、司馬遼太郎(1923~96年)が、直木賞を受賞した「梟(ふくろう)の城」(1960年1月受賞)など初期作品を大阪市内で執筆していたころの文机が委託先から約半世紀ぶりに帰郷した。東大阪市の終の棲家(ついのすみか)跡に建てられた司馬遼太郎記念館が10月20日、公表した。
木製で幅81.5㌢、奥行き55㌢、高さ33㌢、引き出しが三つの座り机。司馬は1959年1月、産経新聞の同僚記者だった福田みどりさん(2014年11月)と結婚。それまで暮らしていた大阪府八尾市から、大阪市西区の「西長堀アパート」に移住した.机は八尾時代から新婚アパート時代初期までの間に使われ、直木賞受賞作の他に長編「花咲ける上方武士道」などが生み出された。

推定体長18㍍ 北海道で国内最大級のクジラの化石

推定体長18㍍ 北海道で国内最大級のクジラの化石

北海道月形町の約533万~360万年前地層から化石で見つかった鯨が、当時としては国内最大級の個体だったと分かった。ナガスクジラの仲間とみられ、推定で体長約18㍍、体重約30㌧。新種の可能性もある。鯨類の進化過程や生息環境の解明に役立ちそうだ。
札幌市博物館活動センターによると、化石は成獣で、これまでに国内で発見されている同じ時代のナガスクジラの仲間は、成獣でも6~7㍍級のものが多いという。