「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

解体修理中の薬師寺東塔で「版築層」の基壇見つかる

解体修理中の

解体修理中の薬師寺東塔で「版築層」の基壇見つかる

薬師寺などは12月2日、解体修理中の薬師寺東塔(奈良市、国宝)で、土台部分にあたる基壇が見つかったと発表した。この基壇に、バウムクーヘンのように何層にも土を突き固めたとみられる「版築層」を確認した。基壇は東西12.7㍍、南北12.4㍍、高さは1.1㍍以上。版築層の厚さは各層2.5~6㌢と非常に薄く、発掘した奈良県文化財研究所と奈良県立橿原考古学研究所は「丁寧に細かく突き固めていたので、現在まで保たれていたのではないか」と話している。東塔は薬師寺が平城京へ移された奈良時代から現在まで伝わる唯一の建築とされ、基壇の本格的な発掘は今回が初めて。

谷崎の恋愛模様示す288通の書簡など遺族が保管

谷崎の恋愛模様示す288通の書簡など遺族が保管

文豪、谷崎潤一郎(1886~1965年)と、妻松子やその妹重子らの間で交わされた未公開の書簡計288通を遺族が保管していたことが11月25日分かった。谷崎が松子との結婚に際し「忠僕として御奉公(ごほうこう)申上(もうしあげ)主従の分を守り候(そうろう)」などと綴った「誓約」の手紙も含まれる。女性崇拝をモチーフにした谷崎作品と、密接に結びついた恋愛模様を伝える貴重な資料だ。

松子や重子は、代表作「細雪」に登場する4姉妹のモデルとされる。書簡は谷崎が書いたものが180通、松子が95通、重子が13通で、谷崎が松子と出会った27年から谷崎晩年の63年までの36年間に交わされた。

古都の年の瀬「吉例顔見世興行」のまねき上げ

古都の年の瀬「吉例顔見世興行」のまねき上げ

古都・京都の年の瀬恒例の南座(京都市東山区)公演「吉例顔見世興行」を前に、出演する歌舞伎役者の名を書き入れた看板を劇場正面に掲げる「まねき上げ」が11月25日行われた。看板は53枚で、長さ180㌢、幅30㌢のヒノキ板。「勘亭流」という丸みを帯びた太文字で板いっぱいに書かれた、真新しい板が今年も年の瀬を迎えたことを告げてくれる。

南方熊楠の自画像発見 奈良県五條市の旧家で

南方熊楠の自画像発見  奈良県五條市の旧家で

生態学や民俗学の先駆者として知られる博物学者、南方熊楠(みなかたくまぐす、1867~1941年)の自画像を描いたはがきが、奈良県五條市近内町の旧家「藤岡家住宅」(国登録有形文化財)で見つかった。熊楠が1921年11月に元官僚で当主の藤岡長和に宛てたもの。自画像は上目遣いの迫力ある表情で、縦じまの黒いどてらをまとって紺の帯を締めた姿。右手に巾着を持ち、左手を差し出している。

「おや方が  おや方那(な)くて  暮の秋」「原首相殺され  嚢中偶(のうちゅうたまたま)空ときたので」とあり、4日前に発生した、官僚の親方である原敬首相暗殺事件に触れる一方、財布が空になったと伝える。ちゃめっ気で描いたと考えられる、熊楠らしいはがき–と専門家はみている。専門家によると、熊楠は自画像をいくつか描いているが、こうした写実的な描写は珍しいという。

正岡子規主宰の「新年句集」原本 秋田市で発見

正岡子規主宰の「新年句集」原本  秋田市で発見

俳人・正岡子規(1867~1902年)が1899年1月に開いた新年句会での俳句計300句集をまとめた「新年句集」の原本が秋田市で見つかった。子規は新年句会を4回開き、句集が作られていたが、今回の発見で4回分のほぼすべてが確認された。子規の自筆部分が含まれ、専門家は「当時の俳句会を知る貴重な資料だ」としている。秋田市出身の俳人、石井露月(1873~1928年)の生家を管理している長谷部清一さん(81)が今年5月、倉庫を整理中に発見した。

宣教師ザビエルの遺体10年ぶりインドの教会で公開

宣教師ザビエルの遺体10年ぶりインドの教会で公開

16世紀に日本に初めてキリスト教を伝えた宣教師フランシスコ・ザビエルの遺体が11月22日、インド南部ゴア州オールドゴアで一般公開された。公開されたのは、あおむけの状態で衣装をまとったミイラ化した遺体。10年に一度の機会で2015年1月4日までの公開期間中、約500万人の来訪が見込まれている。

遺体は通常、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産にある「ボム・ジーザス教会」に安置されている。数千人の信者が見守る中、透明の棺(ひつぎ)を聖職者らが路上を担いで運び、公開場所の約500㍍離れた別の教会に移された。

北原白秋の故郷、袋田の滝など10件を名勝に

北原白秋の故郷、袋田の滝など10件を名勝に

文化審議会は11月21日、日本三大名瀑の一つとされる「袋田の滝」(茨城県大子町)など10件を名勝に、7世紀に築造された日本最古のダム式ため池「狭山池」(大阪府大阪狭山市)など13件を史跡に指定するよう下村博文文部科学相に答申した。名勝はほかに、詩人・歌人の北原白秋の生家や旧城下の掘割(水路網)が残る「水郷柳河(すいきょうやながわ)」(福岡県柳川市)、東京大学の迎賓施設に利用されている旧加賀藩主邸庭園の「懐徳館庭園」(東京都文京区)などが対象とされた。

藤原京で最大規模の建物跡発見 公的施設か寺院

藤原京で最大規模の建物跡発見  公的施設か寺院

藤原京で大型の建物跡発見 奈良県立橿原考古学研究所は11月18日、日本最初の本格的都城とされる藤原京(奈良県橿原市、694~710年)で、東西約51㍍、南北約6㍍の大型建物跡(8世紀初め)を見つけたと発表した。藤原宮を除く藤原京では最大規模で、同研究所は公的施設が寺院関連の建物とみている。

発見されたのは近鉄橿原神宮前駅から北東約900㍍の地点。4年にわたる調査で計36の柱穴跡を確認した。建物は直径30センチ前後の柱が東西方向に17本、南北方向に3本並ぶ構造だったとみられる。

 

大坂夏の陣「道明寺合戦」の記念碑が完成 除幕式

大坂夏の陣「道明寺合戦」の記念碑が完成  除幕式

大坂夏の陣(1615年)の皮切りとなった「道明寺合戦」の記念碑が、近鉄道明寺駅(大阪府藤井寺市)前に建てられ11月18日、ゆかりの武将の末裔らが立ち合い、除幕式が行われた。道明寺合戦では徳川軍の伊達政宗、片倉小十郎らと、豊臣軍の真田幸村、後藤又兵衛らが戦った。除幕式には片倉、真田、後藤3氏の末裔が初めて顔を合わせ、碑の前で握手した。

記念碑は道明寺まちづくり協議会が、合戦で散った武士の慰霊と鎮魂を目的に府などの助成金で建てた。碑は高さ2㍍。地元では2015年5月に「大坂の陣400年祭」のイベントを予定している。

邪馬台国東遷説を考える 纒向フォーラムに900人

邪馬台国東遷説を考える  纒向フォーラムに900人

邪馬台国の有力候補地とされる奈良県桜井市の纒向(まきむく)遺跡について考えるフォーラム「纒向出現–邪馬台国東遷説を考える」(桜井市主催)が11月16日、東京・有楽町のよみうりホールで開かれた。九州北部などの勢力が畿内に進出して邪馬台国をつくったとする東遷説をめぐる講演と議論に来場の約900人が聞き入っていた。柳田康雄・元国学院大学教授、俳優で考古学研究者の苅谷俊介さんが講演した。