「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

天理市で幻の廃寺「内山永久寺」の扁額見つかる

天理市で幻の廃寺「内山永久寺」の扁額見つかる
 奈良文化財研究所(奈良市)の調査によると、平安時代末期に建立され、江戸時代には大和国屈指の寺院として栄えながら、明治期の廃仏毀釈で廃寺となった「内山永久寺(うちやまえいきゅうじ)」(奈良県天理市)の扁額が天理市内の民家で見つかった。扁額は門戸などに掲げられる額で、今回見つかったのは長さ約84㌢、幅約43㌢で、寺の院号とされる「金剛乗院」と書かれている。鎌倉時代の書家、藤原教家が1247年に書き、同寺の真言堂に掲げられたものと結論付けた。鎌倉時代の扁額の発見は極めて珍しく、実態が不明な永久寺の解明や書道史の研究に役立つ一級史料として注目される。
 内山永久寺は東大寺、興福寺、法隆寺に次ぐ大和国屈指の大寺院で、平安時代の永久年間(1113~1118年)、鳥羽天皇の勅願で建立され、近世の最盛期には60近い坊があったとされる。

京都・伏見の寺田屋の女将・お登勢の生家に石碑 大津市

京都・伏見の寺田屋の女将・お登勢の生家に石碑 大津市
 幕末、坂本龍馬が襲われ、瀕死の重傷を負った寺田屋事件(1866年)の舞台として知られる京都・伏見の船宿「寺田屋」の女将、お登勢(1829ごろ~1877年)の生家、滋賀県大津市内に石碑が建てられ5月25日、除幕式が行われた。JR大津駅近くの丸屋町商店街の一角に建てられたのは、「寺田屋お登勢実家 升屋跡」と彫られた石碑。
 彼女は「升屋」という宿を経営した大本重兵衛もしくは重助の次女だった。伏見の船宿、寺田屋第6代目の主人、寺田屋伊助に嫁ぎ、一男二女をもうけた。龍馬ゆかりの地に石碑を建てる活動をする近江龍馬会などが建立した。

奈良県桜井市で国内最古の祭祀用の木製仮面見つかる

奈良県桜井市で国内最古の祭祀用の木製仮面見つかる
 奈良県桜井市教育委員会は5月30日、同市の大福遺跡で2世紀後半の仮面と見られる木製品が見つかったと発表した。同市教委では木製仮面では国内最古といい、祭祀(さいし)に使用したとみられる。見つかった仮面はほぼ中央で割れており、残存部は長さ23.4㌢、厚さ5㍉。目を表す穴と、ひもを通したとみられる穴があった。
 同遺跡やその周辺では、弥生時代の祭器である銅鐸(どうたく)を破砕して他の青銅器に再生した跡が見つかっている。いずれも弥生時代から古墳時代への移行期で、同市教委は祭祀などが移り変わる様子を物語る重要資料としている。国内では仮面は縄文時代の土面が知られているが、木製は大福、纏向(まきむく、3世紀前半)両遺跡の2点以降、7世紀のものまで見つかっていない。

ジョン万次郎の漂流記 写本100年ぶり戻り5/18から展示

ジョン万次郎の漂流記 写本100年ぶり戻り5/18から展示
 ジョン万次郎の漂流記「漂巽紀略(ひょうそんきりゃく)」の写本の一つが、米国から約100年ぶりに日本に戻り、5月18日から7月19日まで「『漂巽紀略』に見る万次郎の世界展」で、万次郎に関する資料などとともに、高知県立坂本龍馬記念館(高知市)で展示されている。
 「漂巽紀略」は江戸時代末期、遭難の末に米国に滞在したジョン万次郎(中浜万次郎)が1851年に帰国した際、本人から聞き取った話を基に、土佐藩の絵師、河田小龍が様々な挿絵・図を施しながら執筆。万次郎が救助されたときの様子や米国での生活や文化が書かれている。原本は、当時の土佐藩・山内容堂に提出されたが、その行方は分かっていない。龍馬記念館によると、幕末に作られた写本は6つあり、このうち1つは記念館が保管。新たに展示されるのは別の写本で、米国のボストン港などの絵が多く含まれている。

全教科「甲」宮沢賢治の成績簿 母校の花巻小で発見

全教科「甲」宮沢賢治の成績簿 母校の花巻小で発見
 岩手県出身の詩人で童話作家、宮沢賢治(1896~1933年)の小学校時代の成績簿が、母校の花巻小学校(同県花巻市)で見つかった。成績は「甲」「乙」「丙」の3段階で評価されている。3、4年時は修身(道徳)、国語、算術、体操、操行(品行)の5教科すべてが最も優れた「甲」評価、5、6年時は日本歴史、地理、理科、図画、唱歌を加えた10教科がいずれも「甲」だった。1、2年時の記録は学校の火災で失われたとみられる。
 成績簿の内容は「校本 宮沢賢治全集第14巻」(筑摩書房、77年発行)にも掲載されているが、原本の確認は初めて。賢治没後80年の今年8月に花巻市の宮沢賢治記念館で公開される予定。賢治は1909年に花巻小の前身、花巻尋常高等小学校を卒業した。

平安時代の瓦に「西寺」の押印 京都・八幡の窯跡で発見

平安時代の瓦に「西寺」の押印 京都・八幡の窯跡で発見
 京都府埋蔵文化財研究センターは5月20日、京都府八幡市の美濃山瓦窯跡(8世紀~9世紀前半)で「西寺」と押印のある平安時代の瓦が1点見つかったと発表した。西寺は平安時代初めに東寺とともに平安京に建立された「国立寺院」。嵯峨天皇から空海に東寺、守敏に西寺が与えられたが、西寺は鎌倉時代には廃れたため、幻の官寺といわれる。 
 西寺跡(京都市南区)から出土した瓦片の押印と同じで、窯はもともとすぐそばの寺の瓦を焼いていたが、約15㍍離れた西寺のためにもつくっていたらしい。見つかった瓦は幅約17㌢、長さ約15㌢、厚さ約1.3㌢。「西寺」の押印がある瓦は、官営工房とされる坂瓦窯(大阪府枚方市)でもつくられていたが、今回出土したものとは書体が違う。

気仙沼の遺跡で縄文時代の大量のマグロの骨や石器出土

気仙沼の遺跡で縄文時代の大量のマグロの骨や石器出土
 宮城県気仙沼市教育委員会は、同市唐桑町にある波怒棄館(はぬきだて)遺跡の縄文時代(約5500年前)の貝塚から、大量のマグロの骨や刃物状の石器が出土したと発表した。石器の破片が刺さったままの骨もあり、貝塚周辺にマグロを解体する施設があった可能性があるとしている。マグロの骨には数十㌢ごとに切断した痕があり、骨の大きさから体長2㍍を超える大型マグロだったとみられる。
 同遺跡は三陸海岸の広田湾を見下ろす丘陵地にある。東日本大震災に伴う高台への集団移転用地になり、同市教育委員会が昨年10月から約6000平方㍍発掘していた。

梶井基次郎の小説「檸檬」の舞台 「丸善」京都に復活

梶井基次郎の小説「檸檬」の舞台 「丸善」京都に復活
 大正期の作家、梶井基次郎の小説「檸檬」の舞台として京都市民やファンに長年親しまれながら、2005年に閉店した書店「丸善」が2015年春、復活することが分かった。丸善CHIホールディングス傘下の丸善書店が、京都市中心部の河原町通りの旧店舗近くで建て替え中の専門店ビル「BAL(バル)」内に再オープンし、以前に扱っていた洋書や文具を充実させるという。
 延べ床面積は約3300平方㍍で、ビルの複数階に店を展開する計画。丸善CHIは建て替え前の旧バルで傘下のジュンク堂書店を今年1月末まで営業。リニューアルにあたり、店名を市民に親しまれていた「丸善」とするのが効果的と判断した。

手塚治虫の1940年代の「メトロポリス」など未発表原稿発見

手塚治虫の1940年代の「メトロポリス」など未発表原稿発見
 漫画家の故 手塚治虫(1928~89年)が描いた初期の「メトロポリス」(49年)や「有尾人」(同)など4作品計9枚の未発表原稿が見つかった。漫画家、松本零士さん(75)が入手し、東京都内の自宅で保管していた。これらの作品の手直し後に不要となった原稿とみられ、松本さんは「若き日の手塚さんの試行錯誤が見えて興味深い」と指摘している。手塚プロダクションによると、原稿はほかに「一千年目の世界」(48年)、「浮標島」(未発表)。9枚ともB6判で、色を付けた原稿も含まれる。

平安貴族の優美な船遊び 京都・車折神社の神事「三船祭」

平安貴族の優美な船遊び 京都・車折神社の神事「三船祭」
 平安貴族の優美な船遊びを再現した車折(くるまざき)神社の神事「三船祭」が5月19日、嵐山・渡月橋上流の大堰川であり、あいにくの雨模様だったが、鮮やかに飾られた船の上で雅楽や舞が奉納された。午後2時すぎ、雅楽が流れる中、宮司や神職が乗った御座舟を先頭に、竜頭船など約20隻が山の新緑に囲まれた川面を回遊。それぞれの船で平安装束を身に纏った男女が舞楽や小唄を披露された。