大阪・茨木市の遺跡で弥生人が銅鐸を描いた土器?発見

大阪・茨木市の遺跡で弥生人が銅鐸を描いた土器?発見
 大阪府茨木市教育委員会は10月1日、同市の東奈良遺跡で見つかった弥生時代中期(約2000年前)の土器のつぼに、線刻で銅鐸(どうたく)が描かれていたことが分かったと発表した。このような土器の発見は初めてという。つぼは、ほとんどが欠けていたが、銅鐸上部のつり手部分が縦3㌢、横4㌢にわたり描かれていた。「綾杉紋」という紋様のほか、「飾り耳」と呼ばれる突起部分もあった。反対側にはシカのような絵と「流水紋」と呼ばれる紋様もあった。つぼは2日から同市文化財資料館で展示される。絵は写実的で、東奈良遺跡の弥生人が銅鐸を見ながら描いたのではないか-と同資料館の担当者は話している。
 東奈良遺跡は1974年、全国で唯一の完全な形の銅鐸鋳型(重要文化財)が見つかり、青銅器の生産工房があった遺跡として知られる。銅鐸は全国で500個ほど出土しているが、鋳型は奈良県の唐古・鍵遺跡など近畿を中心に約10カ所でしか見つかっていない。