国産初の金兵衛火縄銃のレプリカ 関市「鉄砲伝来展」

国産初の金兵衛火縄銃のレプリカ 関市「鉄砲伝来展」

国産初の鉄砲製造に成功した刀鍛冶、八板金兵衛清定(1502~70年)が造った火縄銃のレプリカを紹介する「鉄砲伝来展」が岐阜県関市南春日町の関鍛冶伝承館で開かれている。
金兵衛は戦国時代に美濃国関(現在の岐阜県関市)で生まれた刀鍛冶だが、種子島(現在の鹿児島県西之表市)へ移住して鉄砲鍛冶となったと伝えられる。1543年8月、種子島にポルトガル商人が乗った船が漂着し、火縄銃が日本に伝来した。このことが金兵衛の人生を大きく変えることになる。
種子島島主の種子島時尭(ときたか)は大金を払って、火縄銃を手に入れると、金兵衛に鉄砲の製造を命令し、試行錯誤を経て1545年に国産初の鉄砲が造られたとされる。
鉄砲はその後、天下統一を目指した織田信長などがいち早く合戦に取り入れ、その威力を天下に示した。そして、大阪・堺などの鉄砲鍛冶の手で改良を加えられ、戦国の世の戦のあり方や、やがてその鉄砲の調達力が歴史を変える有力な手段となっていく。