川端康成、 三島由紀夫らの舟橋聖一宛て未公開書簡発見
作家の舟橋聖一宛てに川端康成や三島由紀夫らが送った未公開書簡約1000通が、舟橋聖一記念文庫(滋賀県彦根市)や東京新宿区の自宅でに見つかっていたことが7月10日までに分かった。今回見つかった書簡の中には、作家仲間だけでなく、中曽根康弘元首相や十一代市川團十郎といった政治家、役者のものもあり、舟橋の交友の広さがうかがわれる。
秀吉「木下」姓最後?の文書 兵庫県豊岡市で発見
兵庫県豊岡市教育委員会は7月11日までに豊臣秀吉が、木下姓で出した文書を発見したと明らかにした。これまでに見つかった木下姓での文書の中でも最も後の時期のもので、羽柴姓への改姓時期が絞られた。
同市教委によると、「木下藤吉郎秀吉」と名乗っていたが、秀吉が「羽柴姓」に改姓した時期は分かっていない。今回の文書は元亀4年(1573年)5月24日付で、これまで木下姓での最後の文書は、元亀3年12月に出されたものだった。
現存する史料では、元亀4年7月20日には羽柴姓を名乗っている。したがって、今回の発見により木下姓から羽柴姓への改姓時期を、元亀4年5月20日~同年7月20日に絞ることができるという。
幕末と世界史のうねり 司馬遼太郎記念学術講演会
作家、司馬遼太郎さんの業績をしのび、日本人と日本の文化について考える「司馬遼太郎記念学術講演会」が7月11日、大阪市北区のサンケイホールブリーゼで開かれ、法政大学総長の田中優子氏と東京大学名誉教授の山内昌之氏が「幕末への道~世界史のうねりと日本の知性」をテーマに、講演と対談を行った。
田中氏は、江戸時代はインドなどから伝来した技術をもとに日本独自の産業を発展させ、遠近法や印刷術も発達させた」などと述べ、江戸時代をグローバリゼーションの時代と位置付けた。
山内氏は、幕末は迫りくる欧米やロシアからいかに国を守り、近代化や産業化を図っていくかが課題だった」と指摘。薩摩藩などが半独立国家として自ら産業育成や改革に取り組んだことに触れ、「先人の知恵に学ぼう」と述べた。対談では、秋田蘭画や浮世絵の話でも盛り上がった。
国内最古の埋め立て港か 琵琶湖北端 塩津港遺跡
滋賀県文化財保護協会は7月9日、琵琶湖北端にある塩津港遺跡(滋賀県長浜市)が、12世紀の「埋め立て港」と確認したと発表した。当時の港の多くは、自然の地形を利用しており、埋め立て港としては希少で国内最古とみられる。
塩津港は北陸の物資を京都に運ぶ中継地として栄え、万葉集にも詠まれている。これまで平安時代の神社跡などが見つかっていたが、港の具体的な様子などは不明だった。
今回、船が着岸するための「コ」の字形の垂直護岸(高さ1㍍、全長20㍍)、桟橋(幅1.2㍍、取り付け部分60㌢)、水路(幅2㍍、長さ3㍍)などを確認。湖だった場所を1.5㍍かさ上げし、埋め立てで湖岸が27㍍以上せり出していた。工事は12世紀前半に始まったらしく、約60年間で7回以上の改良工事を確認した。
当時は最新鋭だった板造りの船で使われた長さ約15㌢の船くぎ、高価だった鉄製の鍋や五徳、石製すずりや物差しなども見つかり、当時の仕事の様子や港の繁栄ぶりがうかがわれるという。港は水位上昇で14世紀末ごろに水没した後、約2㌔北に造成し直したとみられる。同協会では「当時の物流、土木工学史を知るうえで重要な遺跡だ」としている。
東大寺 東塔復元視野に発掘調査 七重塔蘇るか
奈良・東大寺は7月7日、中世の戦火や落雷で失われた東塔跡(国史跡)の発掘調査を7月から始めると発表した。2年後に西塔跡(同)でも調査に着手。将来的には、近くに建物などがない東塔の復元も視野に入れたいという。
東西両塔は奈良時代、大仏殿の東南と南西にそれぞれ建てられた。七重塔で、高さは70㍍とも100㍍とも伝えられる。西塔は934年に落雷で失われた。東塔は1180年に平重衡(しげひら)による兵火で焼失し、その後再建されたが、1362年に落雷で再び焼け落ち、現在基礎部分だけが残っている。
発掘調査は7月中旬ごろから東塔跡で始め、西塔跡は2017年に開始。2021年から東塔の基壇整備に入りたいとしている。
「明治日本の産業革命遺産」やっと世界遺産登録決定
ドイツのボンで開催されている国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界遺産委員会は7月5日、日本が世界文化遺産に推薦する「明治日本の産業革命遺産」について審議し、登録することを決定した。
韓国政府は、日本政府が推薦した産業革命遺産の23施設のうち7施設に、戦時中、朝鮮半島出身者約5万8000人が徴用されたとして登録に反対。一方、日本は1850年代から1910年代までが遺産の対象年代で、時代が異なる」と反論し、主張は平行線をたどっていた。
6月21日の日韓外相会談で、互いの推薦案件の登録に向け相互協力することで合意し、緊張はほぐれたかに思われた。だが、日本が意図する、先人たちが極めて短い期間に達成、実現した明治産業革命遺産の顕彰に、真っ向から政治を持ち込んだ形で韓国が強く抵抗、結果的に韓国側の意図するテーブルに乗せられ、徴用をどう説明するかで、協議は想定外に長引いた。