「アジア-社会」カテゴリーアーカイブ

農水産・食品の26年1〜6月輸出10.9%増の8,977億円

農林水産省は8月4日、2026年1〜6月の農林水産品・食品の輸出額が前年同期比10.9%増の8,977億円に上ったと発表した。欧米でブームの抹茶やブリなどがけん引し、円安も寄与して2025年上期に続き、過去最高を更新した。
国・地域別では、米国向けの緑茶やブリなどが伸び、15.3%増の1,626億円とトップだった。懸念された米トランプ政権による関税政策の影響は限定的だった。ベトナムはホタテ貝などが増え、139億円増の533億円だった。

首相 食品の消費税率1% 9月に与党税制大綱決定

高市首相は8月4日の自民党役員会で、2027年4月からの食料品の消費税率1%への引き下げを巡り、9月に与党の税制改正大綱を決める考えを示した。
自民党は3日の税制調査会と社会保障制度調査会の合同会議で基本方針案を了承した。党内で異論の多かった消費税減税を、衆院選の「公約」と位置付ける高市首相の主張を前面に出して、党内の反対論を押し切った。

澤穂希さんら3人が日本サッカー殿堂入り

日本サッカー協会は8月3日、日本代表「なでしこジャパン」が初優勝した2011年女子ワールドカップ(W杯)大会の主将で、得点王と最優秀選手(MVP)に輝いた澤穂希さん(47)ら3人の日本サッカー殿堂入りを発表した。
澤さんのほか、現男子代表の森保一監督らを育て、4月に85歳で亡くなった今西和男さんと、日本協会の田嶋幸三名誉会長(68)が特別選考で選出された。9月1日に東京都内で掲額式典が行われる。

NPB・実行委 ピッチクロック導入決定, 時期未定

日本野球機構(NPB)とセ・パ12球団による実行委員会は8月3日、投球間隔制限「ピッチクロック」の将来的な導入を全会一致で決めた。準備や採用機器のなどに時間が必要で、導入する時期は未定。投球間隔の秒数も米大リーグ(MLB)に合わせるかどうかも含め、今後競技して決める。ピッチクロックの導入について、同実行委は「国際化の一環」と説明している。
同ルールは、MLBで2023年から導入され、今春のワールド・ベースボール・クラシック(WBC)でも採用された。

高市首相 熊本地震を「激甚災害」指定を表明

熊本地震発生から8月4日で1週間。氷川町の避難所を訪れた高市首相は3日、200億円超の予備費使用を4日に閣議決定するほか、今回の地震を「激甚災害」に指定すると表明した。
高市氏は被災者支援に向け、「必要な予算の手当ては行う。被災自治体は財政面で躊躇することなくことなく、全力で応急対応や復旧対応にあたってほしい」と強調した。

熊本地震の死者38人に, 初の災害関連死も

熊本県は8月2日、最大震度7を観測した熊本地震による被害状況を発表した。同日午後2時時点のまとめによると、避難者は206カ所に8,556人、判明した住宅被害は4,042棟で、うち全壊は181棟。八代市や宇城市などの計4万6,700戸で断水が続いている。
死者は計38名で、車中泊していた70代の女性が亡くなり、同日、熱中症の疑いがあり、初の災害関連死と認定される見通し。

日米通貨当局が協調介入, 過度の円安阻止へ

財務省は8月3日、米当局と協調し円買い介入を米頭部時間7月31日に実施したと発表した。対ドルの円相場は足元で1ドル=164円に迫り、およそ40年ぶりの安値圏にあった。
一方、ベッセント米財務長官は8月2日(日本時間3日)、日本の財務省や日銀との連携を強調して、「さらなる協調介入もためらわない」と表明した。電撃的な協調介入劇だったが、ベッセント氏は1月から円買い介入の検討に入り、実行のタイミングをうかがっていたとしている。過度の円安円安阻止向け認識を共有し、共同歩調を取った。
日米通貨当局で売買を伴う介入は、1998年の金融危機時や、2011年の東日本大震災時の前例はあるが、極めて異例のことだ。

桑木志帆 初のメジャーV 日本勢7人目の快挙

全英女子オープンで日本の桑木志帆が8月2日、プレーオフの末、2ホール目でエスター・ヘンセライト(ドイツ)を下し、海外メジャーの大舞台で米ツアー初制覇を果たした。
2019年の渋野日向子、2025年の山下美夢有に続く日本勢3人目の全英V。日本勢による海外メジャー優勝は樋口久子、笹生優花、古江彩佳、西郷真央に続く7人目の快挙。

松本清張”幻のデビュー作”明らかに 別名で発表

松本清張(1909〜1992年)がデビュー作に、別のペンネームで2つの小説を発表していたことが分かった。研究者は清張の”幻のデビュー作”と位置付ける。
この2作は「ある盗賊の話」と「百八煩悩」。いずれも、1950年9月に朝日新聞西部本社が発行していた「朝日ウィークリー」に掲載されていた。
一般には清張は、1950年に「習慣朝日」の懸賞小説「100万人の小説」に応募。三等入選となり、1951年に同誌に掲載された「西郷札」がデビュー作として扱われてきた。
大阪大学大学院人文学研究科の斎藤理生教授の調査で、この2作が特定された。