「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

大船鉾 勇姿150年ぶり 祇園祭で曳き初め

大船鉾 勇姿150年ぶり 祇園祭で曳き初め

 京都の祇園祭で、7月24日の後祭(あとまつり)の山鉾巡行でトリを務める大船鉾の曳き初めが7月20日行われた。大船鉾は幕末に焼失。今年150年ぶりに復活する。そのお披露目会と試し引きが行われたもので、江戸時代の装飾品を付けた勇姿を一目見ようと、多くの見物客が進路を埋めたため、曳き初めのコースを短縮するほどだった。鉾は全長約7.5㍍、幅約3.25㍍、高さ6㍍を超える。

太閤検地より古い「指出検地」の記録見つかる

太閤検地より古い「指出検地」の記録見つかる

 兵庫県たつの市立竜野歴史文化資料館は7月16日、豊臣秀吉が行った「太閤検地」よりも古い「指出見地」(1585年)の記録が市内で見つかったと公開した。秀吉が指出検地を行ったことは知られていたが、記録が見つかったのは初めて。

 後の太閤検地が実際に土地を測量したのに対し、指出検地では測量せずに大名からの申請をそのまま追認、領地として与えていたことが分かり、秀吉の土地支配や、領地を与えた手続きを知る史料となるという。

 史料は「淡路二郡指出帳」で、縦約27㌢、横約20㌢。淡路島の津名と三原の2郡の記録。秀吉の直筆部分、朱印もあった。                  

奈良飛鳥京・福岡粕屋町で飛鳥時代の新たな発見

奈良飛鳥京・福岡粕屋町で飛鳥時代の新たな発見
 奈良県立橿原考古学研究所は7月14日、国内最古の本格的庭園・飛鳥京跡苑池(えんち、奈良県明日香村、7世紀後半)で、敷地を囲った塀跡が見つかったと発表した。塀跡は南池を見下ろす高台にあり、7つの柱穴が南北約15㍍にわたり並んでいた。過去の調査で発券された北池付近の塀の柱穴と一直線につながった。苑池は斉明天皇や天武天皇の宮殿に附属した施設と考えられている。
 福岡県粕屋町教育委員会は7月14日、町内の粕屋官ガ遺跡群阿恵(あえ)遺跡で、7世紀後半の飛鳥時代の役所、粕屋評(かすやのこおり)とみられる建物跡が見つかったと発表した。税として集めた穀物を保存する倉庫群の遺構とセットで出土し、全国でも珍しい発見という。
 町教委によると、建物跡は縦42.0㍍、横4.2㍍の掘っ立て柱建物など5棟で、中庭をかこむようなコの字形の配置から地方行政単位の評の役所とみられる。大宝律令(701年)で施行された郡に相当する。穀物を保存する倉庫跡は6棟が出土。最大で縦7.0㍍、横8.5㍍で、役所跡の東130㍍から発見。穀物の重みを考慮し、床を多数の柱で支える構造となっている。

日中戦争憂う与謝野晶子の未発表の歌 都内で見つかる

日中戦争憂う与謝野晶子の未発表の歌 都内で見つかる

 歌人、与謝野晶子(1878~1942年)の未発表歌が、東京都内で見つかった。日中戦争が激化していく状況を憂う想いが詠み込まれている。歌は「秋風やいくさ初まり港なるただの船さへ見て悲しけれ」。毛筆で扇子に書かれている。

 この歌が詠まれた当日は、日中戦争が上海にまで拡大、衝突の号外があった。そうした世相を背景に、晶子は民間の客船や商船までが徴用される事態を予見し、「悲しけれ」と詠んだとみられる。

翼6㍍ 史上最大の鳥 米で2000万年前の化石

翼6㍍ 史上最大の鳥 米で2000万年前の化石

 米ブルース博物館(コネチカット州)は7月8日、米サウスカロライナ州で発掘された二千数百万年前の鳥類の化石が、飛べる鳥としては史上最大となる翼を持っていたことが判明したと発表した。翼を広げると端から端までの長さが6~7㍍になり、現在最大であるアホウドリの一種と比べ約2倍の大きさ。恐竜が絶滅した後の2800万~2500万年前に生息した巨大な海鳥とみられていたが、体が大きすぎて飛べるかどうか疑問視されていた。

秀吉が使った陣羽織を修復 18年ぶりに一般公開

秀吉が使った陣羽織を修復 18年ぶりに一般公開

 京都市の高台寺(東山区)は、豊臣秀吉が使ったと伝わる「鳥獣文様綴織陣羽織」(重要文化財)の、約2年2カ月にわたる修復を終え7月9日、報道陣にお披露目した。

 陣羽織は身丈約99㌢、肩幅60㌢。16世紀、当時のイランの宮廷工房で制作され、日本に渡った綴れ織を裁断し、武将が具足の上からまとう陣羽織に仕立てたとみられるという。獅子やクジャクなど様々な動物が描かれており、傷みが目立っていたことから、修復に入っていた。高台寺掌美術館で7月20日~8月3日、18年ぶりに一般公開する。

川端康成が学生時代、婚約者に宛てた恋文見つかる

川端康成が学生時代、婚約者に宛てた恋文見つかる

 ノーベル文学賞授賞作家、川端康成(1899~1972年)が学生時代、婚約者の伊藤初代に宛てた未公開の手紙が7月8日までに、神奈川県鎌倉市の川端邸で見つかった。遠く離れて、岐阜市に住む恋人への熱い思いを訴える哀切に満ちた内容。恋愛、孤独・死をテーマにした川端文学の出発点を示す資料として、専門家も注目する。16日に岡山県立美術館で公開される。

 今回発見された手紙は計11通。10通は伊藤初代から川端宛て。1通は川端が1921年秋、22歳のときに書いたものの、投函されなかったもの。川端は「毎日毎日心配で心配で、ぢつとして居られない」「恋しくつて恋しくつて、早く会わないと僕は何も手につかない」などと、会えないもどかしさを、ストレートに吐露している。恋人の初代は当時、川端と出会った東京・本郷のカフェを辞め、岐阜市の寺院に養女として預けられていた。

 2人の恋はその後、初代が「ある非常」という理由で結婚を断る手紙を送り、破局した。川端はこの失恋を題材に「非常」などの初期小説を発表。代表作「伊豆の踊り子」も影響を受けたとされる。

 

京都で室町時代に流通の銅銭約4万枚入ったつぼ

京都で室町時代に流通の銅銭約4万枚入ったつぼ

 発掘調査会社イビソク(岐阜県大垣市)などは7月8日、京都市下京区貞安前之町で、15世紀(室町時代)に流通した銅銭約4万枚が入ったつぼが見つかったと発表した。銭は唐の「開元通宝」や明の「永楽通宝」など約50種類。400万円相当という。文献によると、出土場所には河原で染色などをしていた職能集団の屋敷があった。備前焼のつぼは高さ66㌢、幅53㌢。銭がつぼに納められたままの状態で見つかるのは珍しいという。

 

長崎市の8100万年前の地層からよろい竜の化石

長崎市の8100万年前の地層からよろい竜の化石

 福井県立恐竜博物館(同県勝山市)と長崎市教育委員会の共同研究チームは7月7日、長崎市にある約8100万年前の白亜紀後期の地層から、よろい竜の歯の化石1つと、肉食恐竜の歯の化石2つを発見したと発表した。よろい竜の化石が見つかるのは、長崎県で初めて。

 よろい竜は4本足で歩き、背部から尾にかけて骨の装甲を持つ草食恐竜で、白亜紀の北半球を中心に栄えた。恐竜博物館によると、国内ではこれまで、足跡を含めて北海道、富山県、兵庫県、熊本県の計4カ所で化石が見つかっている。

 よろい竜の歯は幅約10㍉、高さ約9㍉の薄くて幅広い形。植物を食べるため前後に突起がある。歯だけで全体の大きさや種類まで絞り込むのは難しいという。肉食恐竜の歯は幅約7㍉、高さ約14㍉と、幅約5.5㍉、高さ約7㍉。     

不明の重要文化財27都府県・109件に 文化庁調査

不明の重要文化財27都府県・109件に 文化庁調査

 文化庁は7月4日、国の重要文化財指定を受けた美術工芸品のうち、国宝の刀剣1件を含む27都府県の109件が所在不明になっているとの調査結果を発表した。指定美術工芸品の全国調査は初めて。

 109件のうち59件は工芸品で、刀剣が52件と大部分を占めた。仏像など彫刻は不明17件のうち、14件が盗難によるものだった。所在不明の重要文化財の9割以上が個人または社寺の所有だった。

 109件のうち35件は、2013年11月の緊急調査で所在が不明だったが、今回の調査で新たに74件の重要文化財の所在が分からないことが判明した。