「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

谷崎潤一郎 戦時中「細雪」掲載中止の不安詠んだ俳句

谷崎潤一郎 戦時中「細雪」掲載中止の不安詠んだ俳句

 作家の谷崎潤一郎(1886~1965年)が太平洋戦争中に代表作となった、小説「細雪」の雑誌掲載を中止され、不安な心境を詠んだ俳句の書かれたはがきが見つかった。谷崎の俳句は珍しく、奈良市の帝塚山大で7月8日から始まる展示「谷崎潤一郎・耽美の世界~肉筆と稀〇本を中心に~」で初めて公開される。

 はがきは親しい人に宛てたもので、「提灯にさはりて消ゆる春の雪」などと2つの俳句が書かれていた。俳句は1944年ごろ詠まれ、戦時中の暗い世相をちょうちんになぞらえて、「細雪」を「春の雪」で表したとみられる。

 細雪は旧家の4姉妹をめぐる物語。43年に雑誌「中央公論」で掲載が始まると、優美な世界が「時局をわきまえない」との理由で掲載中止となった。しかし、谷崎は密かに執筆を続け、翌年、自費で上巻約200冊をつくり、親しい人に配った。はがきは本の引換券として使われたとみられる。

平城京遷都で埋め立てた旧秋篠川の跡見つかる

平城京遷都で埋め立てた旧秋篠川の跡見つかる

 奈良文化財研究所は7月4日、平城京遷都(710年)に伴う造営工事で、奈良市の秋篠川の流路を現在の位置に付け替えるために埋め立てた旧流路が見つかったと発表した。埋め立てた際、地盤や盛り土を補強するため、樹木の枝を敷き詰める古代の土木技術「敷棄工法」が使われていた。同研究所は「平城京の造営に伴う土木工事の実態が分かる重要な調査結果」としている。

 調査では北西から南東へ流れる旧流路跡(幅28㍍以上、長さ55㍍分)と厚さ最大1.2㍍の黒色土層を確認。土層からは7世紀末~8世紀初めの土器破片や瓦片が出土した。旧流路を埋め立てた際の造成土とみられる。

      

没後110年記念イベント、ギリシャに小泉八雲資料館 

没後110年記念イベント、ギリシャに小泉八雲資料館 

 『耳なし芳一』などの「怪談」などの作品で知られる明治の作家、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン)の没後110年記念イベントが7月4日、生誕地のギリシャ・レフカダ島で始まった。

 島内の文化センターには八雲の作品や写真を展示した資料館もオープン。八雲の原稿や妻セツへの手紙、写真など展示品の一部は松江市や熊本市など八雲のゆかりの地からも寄贈された。ひ孫の小泉凡さん(島根県松江市在住)らが出席し、式典が執り行われた。イベントは7月7日まで。

 松江市出身の俳優、佐野史郎さんやギタリストの山本恭司さんによる朗読会や熊本県の清和文楽の公演などが行われる。   

平安前期の「悲田院」「施薬院」の名記した木簡出土

平安前期の「悲田院」「施薬院」の名記した木簡出土

 京都市埋蔵文化財研究所は7月2日、「悲田院(ひでんいん)」「施薬院(せやくいん)」の名を記した平安時代前期(9世紀)の木簡が京都市内で出土したと発表した。悲田院、施薬院は貧しい人々の救済施設で、出土したのは死亡した収容者の氏名などを記した報告書や、全国から送付された薬の原料の荷札などで、施薬院関連の木簡がまとまって出土したのは初めて。活動の実態を示す貴重な史料という。

 木簡が見つかったのはJR京都駅の約200㍍南で、平安京の東南隅にあたる地点。記録によると、周辺に施薬院の御倉(倉庫)や高級貴族の別宅があったとされている。出土した木簡は17点。うち1点は弘仁6年(815年)3月10日の日付が入った報告書で、死亡した収容者2人の氏名や年齢、裏面に施薬院の田畑を耕すために雇っていた4人が死亡したことが記してあった。

 「武蔵(東京都や埼玉県など)」「讃岐(香川県)」などの地名と、薬の材料として用いられていた「蜀椒(しょくしょう=サンショウ)」「猪脂」などと記した荷札も出土。悲田院から施薬院への上申文書とみられる木簡もあった。

 

850万年以上前に生息した世界最古のマイルカの化石

850万年以上前に生息した世界最古のマイルカの化石

 早稲田大や秋田大などの研究チームは7月2日、北海道新十津川町で発見されたイルカの頭骨の化石を再調査した結果、少なくとも850万年前の世界最古のマイルカ科の化石であることが分かったと発表した。これまではイタリアで発見された530万年前の化石が最古とされていた。

 この化石は1961年以前に発見され、77年のマイルカ科スジイルカ属として記録されたが、骨の形などから疑問が持たれていた。同チームは文献調査で化石があった地層の年代が850万~1300万年前であることを確認。クリーニング作業をやり直して骨の形を調べ、他のイルカの骨の特徴と比較したところ、マイルカの中でも既存の分類に当てはまらず、最も古いことが分かった。

    チームはこのイルカの学名を「(新十津川町周辺を示す)樺戸地域から産出した暁のイルカ」という意味の「エオデルフィス・カバテンシス」と名付けた。現代ではバンドウイルカやシャチなどがマイルカ科に含まれる。          

北海道むかわ町で新種のアンモナイトの化石

北海道むかわ町で新種のアンモナイトの化石

 北海道むかわ町の穂別地域で、白亜紀末約7200万年前の地層から化石で発見されたアンモナイトが新種と分かり、7月1日付の学会誌に発表された。穂別は北海道の中でも多くの化石が見つかることで知られ、新種のアンモナイトが確認されたのは今回で25種目。化石は直径約6㌢、厚さ約2㌢。

 アンモナイトは約6600万年前、恐竜とともに絶滅しており、今回の種はその直前に存在していたことになる。当時の海洋環境を解明する手掛かりにもなりそうだ。発表したのは国立科学博物館(東京)の重田康成研究主幹と町立穂別博物館の西村智弘学芸員。

前祭(7/17)・後祭(7/24) 今年から変わる祇園祭

前祭(7/17)・後祭(7/24) 今年から変わる祇園祭

 日本三大祭の一つで、京都の夏を彩る祇園祭が今年大きく様変わりする。ハイライトの「山鉾巡行」が49年ぶりに前(さき)祭(7/17)、後(あと)祭(7/24)に分離。これに伴い、宵山も2回ある。前祭は23基、後祭は10基のそれぞれ山鉾が巡行する。また、後祭では150年ぶりに「大船(おおふな)鉾」が復興する。

 幕末まで後祭の巡行の最後を飾っていたのが、古代神話に登場する神功皇后などをご神体として祀る大船鉾。室町時代に造られたとされるが、蛤御門の変(1864年)で大部分が焼けた。ところが2009年9月、大船鉾を含む「京都祇園祭の山鉾行事」がユネスコの無形文化遺産に登録され、復興の機運が高まった。

 大船鉾再興には1億円を超える資金が必要だったが、町衆の祭りだけに大企業にはあえて協力を求めず、地元の実業家や全国の有志から約1000件の寄付を集め、他の山鉾町などの支援も加わり、今回復興が実現した。          

大阪・藤井寺市の林遺跡で釣鐘の鋳造跡

大阪・藤井寺市の林遺跡で釣鐘の鋳造跡

 大阪府藤井寺市教育委員会は6月27日、同市の林遺跡で大小2基の釣鐘の鋳造跡が見つかったと発表した。出土した土器や瓦の年代から7世紀末から8世紀前半(飛鳥~奈良時代)に使われていたとみられる。

  大きい釣鐘の遺構は長辺3.5㍍、短辺3㍍の穴が掘られ、底には平瓦が並べられていた。同市教委によると、近くに7世紀後半に創建された拝志廃寺があったことから、同寺で使う鐘がつくられていた可能性があるという。

大仏次郎の生原稿発見 当時の編集者宅で

大仏次郎の生原稿発見 当時の編集者宅で

 小説『鞍馬天狗』などの作品で知られる作家の大仏次郎(1897~1973年)が59年に執筆したノンフィクション「パナマ事件」の生原稿や手紙が当時の編集者、秋山範義さん(故人)宅で見つかり、6月25日までに大仏の養女、野尻政子さん(85)=神奈川県鎌倉市=に返却された。

 野尻さんは24日、それらを大仏次郎記念館(横浜市)に寄贈。同館で近く公開される見通し。返却されたのは、週刊誌「朝日ジャーナル」創刊時に掲載され、後に単行本化された『パナマ事件』全27回分の生原稿。このほか、風間完さん(1919~2003年)の挿絵、ノンフィクション『パリ燃ゆ』の粗筋が書かれた生原稿、その取材のために赴いたパリからの手紙なども見つかり、寄贈された

富岡製糸場 世界遺産登録が正式決定 産業遺産で初

富岡製糸場 世界遺産登録が正式決定 産業遺産で初

 カタール・ドーハで開催中の国連教育科学文化機関(ユネスコ)の第38回世界遺産委員会は6月21日、「富岡製糸場と絹産業遺産群」(群馬県)の世界文化遺産への登録を正式決定した。委員会は遺産群について「国際的な技術交流を示す貴重な存在だ」と高く評価した。日本の世界遺産登録は18件目で、近代の「産業遺産」としては初めて。

 富岡製糸場と絹産業遺産群は富岡製糸場(群馬県富岡市)、近代養蚕農家の原型「田島弥兵旧宅」(伊勢崎市)、養蚕教育機関「高山社跡」(藤岡市)、蚕の卵の貯蔵施設「荒船風穴」(下仁田町)の計4資産で構成する。

    1872年に官営で操業開始。1893年に三井家、1902年に原合名会社、1939年に片倉工業へと経営は移り変わったが、施設はほぼ原型のまま引き継がれた。そして、1987年に操業停止した片倉工業は2005年に富岡市に寄贈するまでの18年間、「売らない、貸さない、壊さない」の3原則を掲げて、年間1億円をかけ維持管理に努めた。