「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

平城宮跡で称徳天皇朝賀の旗ざおの柱穴見つかる

平城宮跡で称徳天皇朝賀の旗ざおの柱穴見つかる
 奈良文化財研究所は3月6日、奈良市の平城宮跡にあり、奈良時代後半に称徳天皇の宮殿だった西宮から、元日朝賀などの国家儀式で使われた旗ざお「〇巾に童〇旗(どうき)」を立てたとみられる7つの柱穴が2列見つかったと発表した。歴史書「続日本紀」によると、西宮では称徳天皇が765年に元日朝賀を、法王の弓削道鏡が769年1月に拝賀を受けている。西宮は奈良時代前半に大極殿があった場所で、復元された大極殿の南側約50㍍で出土。同研究所は「奈良時代後半の国家儀式の様相を明らかにする成果」としている。

滋賀県・水口岡山城の石垣に豊臣・徳川の抗争の跡

滋賀県・水口岡山城の石垣に豊臣・徳川の抗争の跡
 滋賀県甲賀市教育委員会は3月5日、豊臣秀吉の命令で築かれた水口岡山城(甲賀市)の石垣の城下町から見える側を、徳川幕府が徹底的に破壊していたと発表した。同市教委では、豊臣支配の終わりを世間に示す狙いがあったとしている。
 城は丘の上にあり、石垣の高さは8~9㍍と推定。城下町があった南側の発掘現場からは、長さ1㍍を超す石材が出土。威容を示すため意図的に巨石が使われたとみられる。一方、城の北側の石垣は一部が残っていた。水口岡山城は秀吉の重臣が1585年に築城。関ヶ原の戦いで当時の城主が西軍についたため攻められて開城。その後、幕府直轄地となり破壊された。

秀吉が築いた大坂城の石垣 30年ぶり再発掘し公開

秀吉が築いた大坂城の石垣 30年ぶり再発掘し公開
 大阪市教育委員会は3月4日、豊臣秀吉が築いた最初の大坂城を市民に見てもらおうと、1984年に大阪城(大阪市)の地下約7㍍で発見された石垣を30年ぶりに報道陣に公開した。一般公開は7~9日。秀吉の大坂城1615年の大阪夏の陣で炎上、徳川家が再建した。徳川期の石垣は加工された石が主体だが、秀吉のころは自然石を組み合わせた「野面積み」と呼ばれる技法で建てられていた。

歌麿の幻の大作「深川の雪」66年ぶりに見つかる

歌麿の幻の大作「深川の雪」66年ぶりに見つかる
 江戸時代の浮世絵師、喜多川歌麿の晩年の肉筆画で、1948年から所在不明になっていた「深川の雪」が66年ぶりに見つかったと、神奈川県箱根町の岡田美術館が3月2日、発表した。4月4日から6月30日まで同館で公開される。
同館によると、「深川の雪」は「品川の月」「吉原の花」(いずれも米国の美術館所蔵)とともに、歌麿が描いた「雪月花」3部作の一つとして知られている。
 「深川の雪」は歌麿の晩年にあたる1801~04年ごろに描かれたとされ、縦約2㍍、横約3.4㍍の大作。絵の保存状態は良く、東京・深川の料亭で、遊女ら27人が雪見をしたり、火鉢を囲んだりする様子が色鮮やかに描かれている。

「東寺百合文書」国宝の画像を3/3からネットで公開へ

「東寺百合文書」国宝の画像を3/3からネットで公開へ
 国宝「東寺百合文書(ひゃくごうもんじょ)」を所蔵する京都府立総合資料館(京都市)は3月3日以降、約2万5000通に及ぶ全文書の精密なデジタル画像(約8万カット)をインターネットの特設ホームページ(http://hyakugo.kyoto.jp/)で順次公開する。後醍醐天皇、足利義満の直筆文書、織田信長の「天下布武」印が入った文書から庶民の声を書き留めたものまで、奈良時代から江戸初期の約1000年にわたる歴史の息遣いがネットで体感できる。
 「百合文書」は京都市の東寺(教王護国寺)に伝わる史料群。3月中にも国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界記憶遺産に推薦される予定。

奈良に春呼ぶ東大寺二月堂で炎の舞”おたいまつ”

奈良に春呼ぶ東大寺二月堂で炎の舞”おたいまつ”
 古都・奈良に春を呼ぶ東大寺二月堂(奈良市)の伝統法会「修二会(しゅにえ)」(お水取り)が3月1日、本行入りした。長さ約6㍍の”おたいまつ”が舞台に現れると、夜空を焦がす炎と舞い落ちる火の粉がつくる勇壮な光景に、参拝者らは思わず大きな歓声を上げた。
  奈良時代から続く法会は今年で1263回目。練行衆と呼ばれる11人の僧が二月堂に籠もり、3月15日未明の満行まで本尊の十一面観音の前で罪を悔い改め、五穀豊穣などを祈る。おたいまつは、夜の勤行のため練行衆の足元を照らす明かり。14日まで毎晩続く。

7世紀前半と判明 難波宮跡で出土の柱を新手法で測定

7世紀前半と判明 難波宮跡で出土の柱を新手法で測定
 大阪府文化財センターは2月24日、大阪市の国史跡、難波宮跡近くで出土した柱材を、年輪のセルロース(繊維素)を分析する年代測定の新たな手法で調べたところ、7世紀前半のものと分かったと発表した。この手法は従来の年輪年代法と違い、すべての樹種に応用できるという。出土遺物の調査に応用したのは初めてで、考古学の進展につながると期待される。
 この手法はセルロースに含まれる酸素同位体、酸素16と酸素18の比が夏季の降雨量によって毎年異なる点に着目。年輪ごとに同位体の比率を測り、変動パターンを解析して「物差し」を作成し、出土した木材に当てはめて年代を測定する。開発した総合地球環境学研究所の中塚武教授によると、弥生時代から現代までの「物差し」を作成済みという。

 

初代大坂城の「豊臣石垣」公開施設の完成予想図公表

初代大坂城の「豊臣石垣」公開施設の完成予想図公表
 大阪市経済戦略局は2月21日、豊臣秀吉が築いた初代大坂城の「豊臣石垣」公開施設の完成予想図を公表した。公開施設は地上1階地下1階で、地下7㍍の地中に眠る石垣を展示。初代大坂城の映像も投射し、当時の様子を再現する。大坂夏の陣から400年の2015年に工事に着手し、16年中の完成を目指す。
 初代大坂城は大坂夏の陣で炎上。石垣部分は徳川二代将軍秀忠が「徳川の大坂城」を築城する際、盛り土で埋められたが、1984年に水道工事で偶然発見された。昨年から本格的な遺構調査実施していた。

天武・持統天皇陵を考古学者ら15研究者団体が調査

天武・持統天皇陵を考古学者ら15研究者団体が調査
 宮内庁が天武・持統両天皇の合葬陵として管理する奈良県明日香村の野口王墓古墳(のぐちおうのはかこふん、7世紀後半)を2月21日午後、日本考古学、歴史学の15の研究者団体が立ち入り調査し、墳丘の形状や地表に露出している石材などを観察した。調査には研究者16人が参加。同庁職員に案内されて約1時間半かけて古墳の最下段を回った。
 同古墳は7世紀の天皇陵特有とされる八角形墳。被葬者は両天皇で間違いないとみる研究者が多い。宮内庁は昨年、墳丘を5段構造とする詳細な復元案や、かつての発掘で見つかった石敷きの写真などを公表している。

「俳句・俳諧と芭蕉の世界」世界無形文化遺産登録目指す

「俳句・俳諧と芭蕉の世界」世界無形文化遺産登録目指す
 三重県伊賀市の岡本栄市長は2月14日、同市生まれの俳聖・松尾芭蕉(1644~94年)が芸術性を高めた俳句や俳諧などについて、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界無形文化遺産の登録を目指す方針を表明した。松尾芭蕉生誕370年の今年、文学や精神世界を含めた「俳句・俳諧と芭蕉の世界」として申請の準備に入る。「奥の細道サミット」の全国36の自治体や学術団体に協力を呼び掛ける。