遺跡人骨4体目は幼児 群馬県渋川市・金井東裏遺跡
群馬県埋蔵文化財調査事業団の調査によると、群馬県渋川市の金井東裏遺跡で、6世紀初め(古墳時代)の火山灰層から見つかった4体目の人骨が幼児のものだったことが分かった。同遺跡では先に、鉄製のよろいを着用した男性の骨が出土していた。
「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ
軍師・官兵衛の妻に脚光 早くも福岡の菩提寺に参拝者
軍師・官兵衛の妻に脚光 早くも福岡の菩提寺に参拝者
豊臣秀吉の軍師、黒田官兵衛が主人公のNHK大河ドラマの放映を来年に控え、早くもその妻、光姫(てるひめ)にも注目が集まっている。光姫が建立した黒田家の菩提寺「円応寺」(福岡市中央区)は、命日の8月26日の「光姫忌」を今年初めて一般公開する。官兵衛が側室を置かなかったことから、良縁を願う若い女性の参拝も目立ち始め、光姫に関する問い合わせが増えてきているという。
円応寺は、熱心な浄土宗信者だった光姫が1602年に建立。「光姫忌」は今年で三百八十七回忌となる。円応寺によると、光姫は才色兼備の飾らない人柄で、家臣や領民から慕われたという。官兵衛より大柄で”ノミの夫婦”と呼ばれ、夫婦で並ぶときは官兵衛が座布団3、4枚を重ねていたという逸話も寺に残っている。
江戸川乱歩 戦前の代表作「黄金仮面」の生原稿発見
美空ひばりさん「悲しき口笛」宣伝用レコード発見
堺市の住宅地で”幻の古墳”長山古墳の存在を確認
堺市の住宅地で”幻の古墳”長山古墳の存在を確認
堺市は7月30日、同市堺区の住宅地で、長山古墳の葺(ふ)き石や埴輪片が初めて見つかったと発表した。長山古墳は文献に記載されていたが、開発で墳丘が削り取られ”幻の古墳”とされていた。築造が4世紀後半とみられ、百舌鳥(もず)古墳群最古級だったことも判明した。同時期の乳岡(ちのおか)古墳とともに古墳群の中で最も大阪湾寄りに位置しており、市は海岸近くから巨大古墳群が形成され始めたことを示すとみている。
堺市文化財課によると、見つかった葺き石は墳丘のすそに積み上げたとみられる石列。長さ16㍍、幅4㍍、高さ0.5㍍で直線上に並んでいた。前方後円墳の前方部の一部とみられ、長山古墳は100㍍級の前方後円墳だったと判明した。百舌鳥古墳群は4~6世紀に造営され、大山(だいせん)古墳(仁徳陵)など巨大古墳が集まり、44基が現存する。
一茶の俳句を高く評価した子規の自筆原稿を長野で発見
伊勢神宮の「式年遷宮」の関連行事「お白石持行事」
8月に高松塚とキトラ古墳壁画を一般公開 文化庁
二条城の重文「唐門」修理終了 公開前に見学会
二条城の重文「唐門」修理終了 公開前に見学会
世界遺産の二条城(京都市中京区)で7月31日、約1年半かけて行われていた重要文化財の唐門の修理がほぼ終了し、抽選で選ばれた12人が参加して特別見学会が開かれた。一般公開は9月から。参加者は、門の周囲に設置された足場に乗り、元離宮二条城事務所の職員らの説明を聞きながら門の上部に施されている極彩色の竜虎や唐獅子など、精巧な彫刻に魅入っていた。唐門は柱が6本の四脚門と呼ばれるタイプで、幅6.4㍍、奥行き5.5㍍。高さ10㍍。屋根は切妻造りの桧皮葺(ひわだぶ)き。後水尾天皇の二条城訪問に合わせ、1625年に建てられたとされる。二条城は2011年度から約20年にわたる大修理を実施中。
竹島を記した最古の日本地図 島根県の研究会確認
竹島を記した最古の日本地図 島根県の研究会確認
島根県の「竹島問題研究会」は8月1日、竹島が記された江戸時代(1760年代)の日本地図2枚を確認したと明らかにした。2枚は、1760年代作製の「日本図」(縦約66㌢、横約67㌢)と、1768年の「改製日本扶桑分里図」(縦約85㌢、横約135㌢)。2枚とも、現在の竹島を「松島」、韓国・鬱陵島を「竹島」と表記している。
竹島を描いた最古の日本地図は水戸藩の地理学者、長久保赤水(1717~1801年)作製の「改正日本輿地路程全図(1779年)だったが、この2枚も赤水が同全図の下図などとして作ったとみられる。同研究会は、これまでより少なくとも10年さかのぼって、竹島が日本領であることを補強する資料-としている。