「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

遺跡人骨4体目は幼児 群馬県渋川市・金井東裏遺跡

遺跡人骨4体目は幼児 群馬県渋川市・金井東裏遺跡
 群馬県埋蔵文化財調査事業団の調査によると、群馬県渋川市の金井東裏遺跡で、6世紀初め(古墳時代)の火山灰層から見つかった4体目の人骨が幼児のものだったことが分かった。同遺跡では先に、鉄製のよろいを着用した男性の骨が出土していた。

軍師・官兵衛の妻に脚光 早くも福岡の菩提寺に参拝者

軍師・官兵衛の妻に脚光 早くも福岡の菩提寺に参拝者
 豊臣秀吉の軍師、黒田官兵衛が主人公のNHK大河ドラマの放映を来年に控え、早くもその妻、光姫(てるひめ)にも注目が集まっている。光姫が建立した黒田家の菩提寺「円応寺」(福岡市中央区)は、命日の8月26日の「光姫忌」を今年初めて一般公開する。官兵衛が側室を置かなかったことから、良縁を願う若い女性の参拝も目立ち始め、光姫に関する問い合わせが増えてきているという。
 円応寺は、熱心な浄土宗信者だった光姫が1602年に建立。「光姫忌」は今年で三百八十七回忌となる。円応寺によると、光姫は才色兼備の飾らない人柄で、家臣や領民から慕われたという。官兵衛より大柄で”ノミの夫婦”と呼ばれ、夫婦で並ぶときは官兵衛が座布団3、4枚を重ねていたという逸話も寺に残っている。

江戸川乱歩 戦前の代表作「黄金仮面」の生原稿発見

江戸川乱歩 戦前の代表作「黄金仮面」の生原稿発見
 少年探偵団シリーズなどで知られる作家、江戸川乱歩(1894~1965年)の戦前の代表作の一つ「黄金仮面」の生原稿453枚が、8月12日までに発見された。1930ねんから約1年間、講談社の大衆娯楽誌「キング」で連載された作品で、名探偵、明智小五郎と怪盗の闘いを描いている。戦前の乱歩作品の直筆原稿がすべて揃って見つかるのは極めて珍しい。講談社によると、原稿は展示会などに貸し出されていたが、1986年以降に所在が分からなくなった。95年に死去した同社の元編集者の家族が、会社から届いた遺品の中から発見。元編集者が所持していた経緯は不明という。

美空ひばりさん「悲しき口笛」宣伝用レコード発見

美空ひばりさん「悲しき口笛」宣伝用レコード発見
 昭和を代表する歌手、美空ひばりさん(1937~1989年)の最初のヒット曲「悲しき口笛」の宣伝用レコードが、金沢市の金沢蓄音器館で見つかった。ラベルが白いことから”白盤”と呼ばれたサンプル盤で、美空さんが歌で自己紹介している珍しいレコード。レコードはSP盤で、非売品と書かれたラベルに曲名と品番がゴム印で押され、裏面には別の歌手の曲が収録されていた。当時の美空さんはほとんど無名で、曲の前に「こんにちは、皆さん。ごきげんよろしく、美空ひばりでございます。どうぞよろしく」と別のメロディに乗せて楽しく歌いながら自己紹介している。 

堺市の住宅地で”幻の古墳”長山古墳の存在を確認

堺市の住宅地で”幻の古墳”長山古墳の存在を確認
 堺市は7月30日、同市堺区の住宅地で、長山古墳の葺(ふ)き石や埴輪片が初めて見つかったと発表した。長山古墳は文献に記載されていたが、開発で墳丘が削り取られ”幻の古墳”とされていた。築造が4世紀後半とみられ、百舌鳥(もず)古墳群最古級だったことも判明した。同時期の乳岡(ちのおか)古墳とともに古墳群の中で最も大阪湾寄りに位置しており、市は海岸近くから巨大古墳群が形成され始めたことを示すとみている。
 堺市文化財課によると、見つかった葺き石は墳丘のすそに積み上げたとみられる石列。長さ16㍍、幅4㍍、高さ0.5㍍で直線上に並んでいた。前方後円墳の前方部の一部とみられ、長山古墳は100㍍級の前方後円墳だったと判明した。百舌鳥古墳群は4~6世紀に造営され、大山(だいせん)古墳(仁徳陵)など巨大古墳が集まり、44基が現存する。

一茶の俳句を高く評価した子規の自筆原稿を長野で発見

一茶の俳句を高く評価した子規の自筆原稿を長野で発見
 明治時代の俳人、正岡子規(1867~1902年)が、江戸時代の俳人、小林一茶(1763~1827年)の俳句を、「特色は主として滑稽、諷刺、慈愛の三点に在り」などと高く評価した自筆原稿が、長野市の住宅で見つかった。8月1日から一茶記念館(長野県信濃町)で一般公開される。

伊勢神宮の「式年遷宮」の関連行事「お白石持行事」

伊勢神宮の「式年遷宮」の関連行事「お白石持行事」
 今年10月にヤマ場を迎える伊勢神宮(三重県伊勢市)の「式年遷宮」の関連行事、「お白石持行事」が7月26日午前始まった。市民らが新しい正殿の敷地に、市内を流れる宮川で拾い集めた白い石を敷き詰める行事で、内宮・外宮で約1カ月にわたって行われる。一連の行事には延べ約23万人が参加する予定。

8月に高松塚とキトラ古墳壁画を一般公開 文化庁

8月に高松塚とキトラ古墳壁画を一般公開 文化庁
 文化庁は、奈良県明日香村の高松塚古墳(7世紀末~8世紀初め)の壁画修理施設を8月に一般公開するのに合わせ、高松塚、キトラ古墳の壁画の一部も公開すると発表した。キトラ古墳の壁画発見から30年を迎え、一般公開ではキトラ古墳壁画のうち朱雀と青竜、玄武をガラス越しに見学できる。また、整備のために閉鎖が決まっているキトラ古墳の石室の外観も公開される。一般公開は8月18~25日の午前9時~午後5時。定員は1日400人程度で、見学の所要時間は約1時間。申し込みは往復はがきかインターネットで。

二条城の重文「唐門」修理終了 公開前に見学会

二条城の重文「唐門」修理終了 公開前に見学会
 世界遺産の二条城(京都市中京区)で7月31日、約1年半かけて行われていた重要文化財の唐門の修理がほぼ終了し、抽選で選ばれた12人が参加して特別見学会が開かれた。一般公開は9月から。参加者は、門の周囲に設置された足場に乗り、元離宮二条城事務所の職員らの説明を聞きながら門の上部に施されている極彩色の竜虎や唐獅子など、精巧な彫刻に魅入っていた。唐門は柱が6本の四脚門と呼ばれるタイプで、幅6.4㍍、奥行き5.5㍍。高さ10㍍。屋根は切妻造りの桧皮葺(ひわだぶ)き。後水尾天皇の二条城訪問に合わせ、1625年に建てられたとされる。二条城は2011年度から約20年にわたる大修理を実施中。

竹島を記した最古の日本地図 島根県の研究会確認

竹島を記した最古の日本地図 島根県の研究会確認
 島根県の「竹島問題研究会」は8月1日、竹島が記された江戸時代(1760年代)の日本地図2枚を確認したと明らかにした。2枚は、1760年代作製の「日本図」(縦約66㌢、横約67㌢)と、1768年の「改製日本扶桑分里図」(縦約85㌢、横約135㌢)。2枚とも、現在の竹島を「松島」、韓国・鬱陵島を「竹島」と表記している。
 竹島を描いた最古の日本地図は水戸藩の地理学者、長久保赤水(1717~1801年)作製の「改正日本輿地路程全図(1779年)だったが、この2枚も赤水が同全図の下図などとして作ったとみられる。同研究会は、これまでより少なくとも10年さかのぼって、竹島が日本領であることを補強する資料-としている。