「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

イランで最古級の農耕跡 メソポタミア文明起源の手掛かり

イランで最古級の農耕跡 メソポタミア文明起源の手掛かり
 ドイツのチュービンゲン大の研究チームは7月4日、中東のチグリス・ユーフラテス川流域の「肥沃な三日月地帯」東端に位置する現在のイランで、1万2000~9800年前の新石器時代の農耕遺跡を見つけたと米科学誌サイエンスに発表した。流域で最も古いとされるシリアやイラク、トルコの農耕跡と大きく変わらない時期。流域の農耕が同時に複数の地域で発達したことを示す証拠-と同研究チームは指摘している。同チームは2009~10年にザグロス山脈の麓にあるイラン西部の遺跡で、当時の人々が野生の大麦や小麦などを農作物として利用し、ひき臼やすり鉢を使って食用に加工していたことを遺物やもみ殻などから確認した。定住は2000年以上の長期間に及び、野生種が農耕に適した種に変化していったことも分かった。これにより、メソポタミア文明につながる農耕技術がどのように発達したかを知る手掛かりになりそうだ。

平仮名で土器に最古の「いろは歌」全文 京都の貴族邸跡

平仮名で土器に最古の「いろは歌」全文 京都の貴族邸跡
 京都市埋蔵文化財研究所は6月27日、京都市の「堀河院」と呼ばれた貴族の邸宅跡から30年前に出土した平安時代末期~鎌倉時代初期(12世紀末~13世紀初め)の土器に「いろは歌」のほぼ全文が平仮名で墨書されていたことが分かったと発表した。平仮名で全文がうかがえる資料としては最古という。土器は直径9㌢の小皿。裏面に、いろは47文字のうち43文字が8行に分けて記してあることが判明。4文字は欠損部に書かれていたとみられ、確認できなかった。筆使いはつたなく、同研究所は字を習い始めたばかりの人が、手習いで書いたものではないか-とみている。

邪馬台国の有力地「纏向遺跡」を国の史跡に 文化審答申

邪馬台国の有力地「纏向遺跡」を国の史跡に 文化審答申
 文化審議会は6月21日、邪馬台国畿内説の最有力地とされる「纏向(まきむく)遺跡」(奈良県桜井市)など11件を史跡に、旧城山国民学校校舎など4件の「長崎原爆遺跡」(長崎市)を含む13件を登録記念物にするよう下村博文文部科学相に答申した。このほか「披雲閣(ひうんかく)庭園」(高松市)など2件を名勝に、「新湯の玉滴石産地」(富山市)など3件を天然記念物に、「酒谷の坂元棚田および農山村景観」(宮崎県日南市)など3件を重要文化的景観にそれぞれ指定するよう答申。近く答申通り告示され、史跡は1719件、名勝376件、天然記念物1008件、登録記念物78件、重要文化的景観38件となる。
 纏向遺跡は3世紀初頭に出現し、4世紀初めまで営まれた大規模な集落跡。整然と配置された建物跡や、東海地方など他地域の土器が出土。周辺には卑弥呼の墓との説がある箸墓古墳もあり、古代国家形成期の重要な遺跡と評価した。長崎原爆遺跡は、被爆の跡が残る旧城山国民学校校舎のほか、爆風で落下した浦上天主堂旧鐘楼、位置がずれた旧長崎医科大学門柱、片方の柱が吹き飛んだ山王神社二の鳥居の計4件が登録の対象となった。

「グロテスク」など藤田嗣治の未発表作2点を7月公開

「グロテスク」など藤田嗣治の未発表作2点を7月公開
 神奈川県箱根町のポーラ美術館は、乳白色の肌の表現で知られる洋画家の藤田嗣治(レオナール・フジタ、1886~1968年)の未発表作品2点を含む3点の油彩画を新たに収蔵、7月13日から始まる展覧会で一般公開すると発表した。未発表作品は「グロテスク」(1955年)と「シレーヌ」(1952年)。2作とも藤田が戦後、パリに戻った50年代の作で、寓話や神話の中の幻想的なモチーフを描いている。

正岡子規自ら添削の句稿本見つかる 弟子の句に朱筆

正岡子規自ら添削の句稿本見つかる 弟子の句に朱筆
 俳人の正岡子規が監修した選句集「新俳句」をまとめている過程で、自ら添削した弟子の句稿本12冊が富山県高岡市の私立図書館「眉丈文庫」で見つかった。句稿本は子規に師事していた金沢市出身の俳人、直野碧玲龍(1875~1905年)が詠んだ約1500句が和紙に綴られ、子規が朱筆で丸や二重丸を入れて評価を示したり、語句の手直しなどの添削をしている。病床にありながら、厳しく弟子を指導する姿勢がうかがえる。近代俳句を確立しようとしていた当時の子規の俳句観を知ることができる重要資料という。

福井・勝山市でダチョウ型恐竜の化石発見、国内3例目

福井・勝山市でダチョウ型恐竜の化石発見、国内3例目
 福井県立恐竜博物館(福井県勝山市)は6月24日、勝山市内の発掘現場で見つかった化石が、ダチョウ型恐竜「オルニトミモサウルス類」の指先の骨と確認されたと発表した。同じ化石の発見は、群馬県神流町、熊本県御船町に次いで3例目。博物館の発掘チームが2008年8月に約1億2000万年前の地層から発見し、種類を特定する作業をしていた。前脚の指先とみられる35㍉と46㍉ほどの2片の骨で、ダチョウ型恐竜に特徴的な細長い形だ。ダチョウ型恐竜は、後ろ足が長く発達しており、俊敏な動きをしていたと推測されている。中国やモンゴルでの発見例が多い。

棺を飾る石製の胸像は被葬者の「遺影」パルミラ遺跡

棺を飾る石製の胸像は被葬者の「遺影」パルミラ遺跡
 奈良県橿原考古学研究所は6月26日、シルクロードの中継地として栄えたシリアの古代都市、パルミラ遺跡で、2世紀に造られた地下墓から出土した頭骨を復顔したところ、棺を飾る石製の胸像が被葬者の「遺影」と分かったと発表した。当時の葬送の様子を探る重要資料という。奈良県は1990年からパルミラの地下墓を調査。今回、91~92年に出土した男性の頭骨2体の復顔をロシアと日本の専門家に依頼。復顔した像どちらも顔の輪郭や目の形などの特徴が胸像と一致した。パルミラは同国を代表する古代遺跡で、世界文化遺産に登録されている。内戦で被害を受け、6月、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の「危機遺産」に指定された。

京都市内で奈良時代の漆紗冠4点見つかる 長岡京

京都市内で奈良時代の漆紗冠4点見つかる 長岡京
 京都府長岡京市埋蔵文化財センターは6月27日、長岡京跡(784~794年)で、貴族がかぶった漆紗冠(しっしゃかん)が見つかったと発表した。六条大路と東一坊大路の交差点の北西部にある溝から4点出土。漆紗冠は奈良時代、網状の編み物をとじ合わせ、黒漆を塗って仕上げたかぶりもので、五位以上の貴族がかぶっていた。同センターは、長岡京から794年、平安京に遷都する際、捨てられたものではないかとみている。

「御堂関白記」「慶長遣欧使節関係資料」世界記憶遺産に

「御堂関白記」「慶長遣欧使節関係資料」世界記憶遺産に
 文部科学省は6月19日、歴史的に貴重な文書や絵画を対象としたユネスコの「世界記憶遺産」に400年前に仙台藩主・伊達政宗がスペインなどに派遣した使節に関する「慶長遣欧使節関係資料」(仙台市博物館所蔵)と、平安時代の貴族、藤原道長の自筆日記「御堂関白記」(京都市の陽明文庫所蔵)が登録されることになったと発表した。国内からは2011年の「山本作兵衛炭坑記録画・記録文書」に次ぐ登録となる。
 「慶長遣欧使節関係資料」は、日本・スペイン両政府の共同推薦によるもので、仙台藩士・支倉常長が持ち帰ったローマ市公民権証書、常長とローマ法王パウロ5世の肖像画など。「御堂関白記」は栄華を誇った藤原道長が政権を握った長徳元(995)年から記し始め、何回かの中断を経た後、寛弘元(1004)年から継続的に書き続けた、日々の政務や生活の様子を綴った日記だ。現存するものは長徳4(998)年から治安元(1021)年の間の記事だ。近衛家の陽明文庫が所蔵する自筆本十四巻、古写本十二巻が伝わり、国宝に指定されている。

奈良・山田寺跡で出土の破片は国内最古級の中国陶器

奈良・山田寺跡で出土の破片は国内最古級の中国陶器
 兵庫陶芸美術館(兵庫県篠山市)の調査によると、奈良県桜井市の山田寺跡(7世紀)で出土した陶器「三彩」の破片が、国内で出土した中国製陶器としては最古級の可能性が高いことが分かった。この破片は、奈良文化財研究所が1976年に始めた同寺跡の発掘調査で出土した陶器片43点の一部。中国・唐代の有名な唐三彩の源流とされる北斉時代(550~577年)の陶器とみられる。これまで国内最古の中国製陶器は壱岐島(長崎県)の双六古墳(6世紀後半)で出土したわんとされてきた。