「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

円山応挙”幻の虎”発見 大谷記念美術館

円山応挙”幻の虎”85年ぶり発見 西宮市大谷記念美術館
 兵庫県の西宮大谷記念美術館は4月5日、江戸中期を代表する画家、円山応挙の大作「水呑虎図」が85年ぶりに見つかったと明らかにした。6日から同館で始まった「とら・虎・トラ」展に出品されている。この作品は応挙が脂の乗っていた40代、1782年に描かれたもの。縦96.5㌢、横141㌢。1928年に大阪美術倶楽部で売りに出た後、所在不明だった。

鑑真和上坐像の模像に彩色 天平の面影 再現

鑑真和上坐像の模像に彩色 血色豊かに 天平の面影を再現 奈良市の唐招提寺は4月4日、国宝「鑑真和上坐像」(8世紀)のお身代わりとなる模像に彩色した姿を、報道陣に公開した。艶やかな赤の衣に古切れを縫い合わせた袈裟の模様、生き生きとした肌の色などが蘇った。模像は今年が開祖・鑑真の没後1250年となるのにちなみ、財団法人美術院国宝修理所(京都市)の委託して2010年から制作していた。鑑真が亡くなった763年(奈良時代・天平期)の面影を伝える彩色については、顔料の粒子を顕微鏡で分析するなどして発色を再現したという。6月5日に営まれる開眼法要の後、同寺・開山堂で一般公開される。

北大文書館で萩原朔太郎 農学志し 志願者名簿

北海道大文書館で萩原朔太郎が農学志した志願者名簿
 北海道大文書館(札幌市)によると、過去の志願者名簿の中に前橋市出身の詩人、萩原朔太郎の名が見つかった。これは同館の職員が保管していた過去の志願者名簿などを調べていた際に偶然見つけたもので、資料は1907年の東北帝国大学農科大予科(現・北海道大)の志願者名簿。朔太郎の名前や出身中学などの記載があったという。名簿には入試を欠席したことを示す印も付けられていた。後年、都会や欧州を愛し、芸術活動を志した朔太郎が、旧制中学卒業後の進学先として、農学を志願していたことを示すもので、詩一筋ではなく、進路に悩む青春期の朔太郎の一面が表れている資料といえそうだ。

国宝の発見時の模写図見つかる 東大寺

国宝の大刀3本の発見時の模写図見つかる 東大寺
 東大寺(奈良市)は4月9日、同寺図書館で、明治時代に大仏足元から発見した鎮壇具20件(国宝15件)の一部で、豪華な装飾大刀として名高い金鈿荘大刀(きんでんそうのたち)など国宝となっている大刀3本の発見時の姿を描いた模写図が見つかったと発表した。模写図は金鈿荘大刀2本と、光明皇后からの献納品目録「国家珍宝帳」に記された宝剣「陽宝剣」と判明した「金銀荘大刀」。それぞれ裏表両面が色つきで描かれている。

神戸で東大寺 大仏鋳造 寄進示す木簡発見

神戸の遺跡で東大寺の大仏鋳造への寄進示す木簡発見
 神戸市教育委員会は4月10日、同市東灘区の深江北町遺跡で、仏教徒の寄付行為を示す「智識」や「天平十九年」(747年)と記された木簡が見つかったと発表した。年代などから東大寺の大仏鋳造への寄進を記した内容とみられるという。同市教委によると、都以外の地方で仏教に関わる寄進を裏付ける木簡の出土は全国初。今回出土した木簡は途中で折れていたが、縦13㌢、横約4㌢。「銭一文」の記述もあり、鑑定した奈良文化財研究所では、役人が大仏鋳造のため庶民から強制的に寄付を集めたリストかも知れないと話している。

謎の哺乳類「デスモスチルス」は海で生活していた?

謎の哺乳類「デスモスチルス」は海で生活していた?
 大阪市立自然史博物館の研究チームは、3000万~1000万年前ごろに日本や北米西海岸などの沿岸に生息し、生態が謎に包まれている哺乳類の一種「デスモスチルス」は、海で生活していたとする研究結果をまとめた。米オンライン科学誌プロスワンに掲載された。デスモスチルスは、のり巻き状の柱を束ねたような歯が特徴的な束柱類の一種で、化石で見つかった骨が密度の低い、クジラやゾウアザラシと似たスポンジ状になっていることを突き止め、体重が軽くなるように進化することで、上手に泳ぐ能力を獲得した-と分析している。

中国・雲南省 世最古級の恐竜胎児 化石発見

中国・雲南省で世界最古級の恐竜胎児の化石を発見
 中国やカナダの研究チームは、中国雲南省の約1億9000万年前(ジュラ紀前期)の地層から、大型恐竜の卵と胚(胎児)の化石を発見したと4月11日付の英科学誌ネイチャーに発表した。恐竜の胎児の化石としては世界最古級という。チームは同省昆明の地層で、数㍉から数㌢の大きさにバラバラになった胎児や卵の殻の化石が200片以上、密集しているのを発見。上顎の骨や歯の形から竜脚類のルーフェンゴサウルスと判断した。同じ地層からは全長6㍍と推定される成体の化石が発見されているという。

平城宮・東院地区で回廊跡 光仁天皇宮殿か

平城宮・東院地区で回廊跡見つかる 光仁天皇宮殿か
 奈良文化財研究所は奈良市の平城宮跡(8世紀)で、続日本紀に登場する光仁天皇の宮殿「楊梅宮(ようばいきゅう)」のものとみられる回廊状建物の跡を見つけたと発表した。建物跡は幅6㍍、東西約96㍍、南北約86㍍以上が区画されていたとみられる。場所は平城宮東側の東院地区で、皇太子の居所「東宮」や天皇の宮殿があったとされる。

小林一茶は愛煙家 タバコへの愛着示す手紙

小林一茶は愛煙家だった タバコへの愛着示す手紙
 江戸時代の俳人、小林一茶(1763~1828年)のタバコへの愛着がうかがわれる直筆の手紙が見つかり、一茶の故郷、長野県信濃町の一茶記念館で3月30日から公開されている。手紙は、一茶が1812年12月3日、弟子の竜トに宛てたものとみられ、知人宅に自分のタバコ入れが落ちていないか、ついでのときに聞いてほしい-と依頼した文面が記されている。一茶はタバコを詠んだ句を多数残しており、よほどの愛煙家、もしくはヘビースモーカーだったのでは、との指摘もある。

小泉八雲の英語講義録出版 富山大などが翻訳

小泉八雲の英語講義録出版 富山大などが翻訳
 「怪談」などの作品で知られる明治時代の作家、小泉八雲(ラフカディオ・ハーン、1850~1904年)が熊本大の前身、第5高等中学校で英語教師だったころの講義ノートを富山大などが翻訳、「ラフカディオ・ハーンの英語教育」のタイトルで本にまとめ、3月31日出版された。熊本や阿蘇山など生徒に身近なものを題材に英語のニュアンスを教えている。生徒を飽きさせない工夫があり、教師としても秀でていた様子がうかがえるという。小泉八雲は1890年に来日後、松江や東京でも教壇に立ったが、熊本時代の約3年間のことはあまり知られていない。