「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

国宝 甲冑修理終り春日大社宝物殿一般公開

国宝の甲冑の修理終わり春日大社宝物殿で一般公開
 春日大社(奈良市)が約1年がかりで進めていた国宝「黒韋威矢筈札胴丸(くろかわおどしやはずざねどうまる)」の修理が終わり、3月30日から一般公開されている。4月14日まで。この甲冑は14世紀の作とされ、楠木正成が奉納した伝承がある。

岩手県久慈市で肉食恐竜の化石 中学生が発見

岩手県久慈市で肉食恐竜の化石 中学生が発見
 岩手県久慈市の「久慈琥珀博物館」敷地内の琥珀(こはく)採掘場で見つかった化石が白亜紀後期に当たる約8500万年前の肉食恐竜「コエルロサウルス類」の足の指と分かった。早稲田大学の平山廉教授(古生物学)が鑑定し、3月29日、発表した。化石は左後ろ足の指の骨で、長さ約3㌢、直径約1㌢。体長1~2㍍で小型の恐竜と推定しているが、成長途上だった可能性もあるという。この化石を発見したのは青森県南部町の町立南部中1年、佐々木貴杜君(13)。

名は体を表さず?「ササヤマミロス・カワイイ」

名は体を表さず?「ササヤマミロス・カワイイ」
 兵庫県篠山市の白亜紀前期の地層「篠山層群」から見つかった哺乳類の下顎の化石が、新種と認められ「ササヤマ・カワイイ」と名付けられた。英国王立協会紀要電子版に掲載された。推定では外見はネズミ似というが、復元図を見る限り、とてもカワイイとはいえない。

世界文遺登録 「縄文遺跡群」 推薦書案提出

世界文化遺産登録を目指す「縄文遺跡群」の推薦書案提出
 北海道、青森、岩手、秋田の4道県は3月30日までに、国連教育科学文化機関(ユネスコ)の世界文化遺産登録を目指す「縄文遺跡群」(18カ所)の推薦書案を文化庁に提出した。遺跡群はユネスコの世界遺産暫定リストに掲載されている。

大英博物館で4/17から黒船来航の絵巻を展示

大英博物館で4/17から黒船来航の絵巻を展示
 大英博物館は4月3日、幕末にペリー提督率いる黒船が日本に来航した際の様子を描いた当時の絵巻を取得したと発表した。4月17日から10月まで同博物館で展示する。この絵巻は、日米和親条約が締結された1854年の2度目の黒船来航を描いたもので、海上に浮かぶ米艦隊や、それを待ち受ける日本側の兵隊の様子がカラーで描かれた、質が高く歴史的な瞬間を詳細に伝えた貴重な作品の一つという。米国との交渉を記録するため、同席を許可された松代藩の絵師が1854年から58年の間に描いたとみられている。

絶滅した鳥「ドードー」の骨の一部が競売へ

絶滅した鳥「ドードー」の骨の一部が競売へ
 インド洋のモーリシャスに生息し、数百年前に絶滅した飛べない鳥「ドードー」の骨の一部が4月24日、ロンドンで競売に掛けられる。競売大手のクリスティーズが発表した。推定落札価格は1万~1万5000ポンド(約140万~約210万円)。骨は脚の一部で、19世紀に発掘されたものだという。

佐久間象山 蘭和辞典改訂 金策 借金通帳公開

佐久間象山が蘭和辞典改訂のため金策 借金通帳公開
 幕末の思想家、佐久間象山(1811~64年)が、幕府編纂の蘭和辞典「ハルマ辞書」に新語を取り入れて改訂するため、松代藩から「金千両」借用の約束を取り付け、1849(嘉永2)年から翌年までの間に17回に分け計451両を借りたことを記録した借金通帳などが4月1日から丸善日本橋店(東京)で初公開される。辞書の版木の一部分がつくられていたことも記されている。当時の科学技術導入には欠かせなかったオランダ語普及を訴えた象山の開明性と熱意がうかがわれる。蘭和辞書が制作途中だったことを裏付ける史料の公開は初めて。

明治政府 1873年万博 出品 大名屋敷 模型 復元

明治政府が1873年の万博に出品した大名屋敷の模型を復元
 ウィーンのハプスブルク家の王宮内にある民族学博物館の倉庫で、明治政府が1873年のウィーン万博に出品した大名屋敷の木造模型が見つかり、博物館は修復することを決めた。同博物館は2016年ごろに開く日本常設展の目玉として、約140年ぶりに一般公開する。修復に関するノウハウを持つ京都工芸繊維大学が作業に協力するという。今回見つかった模型は、実物の18分の1程度の大きさで、土台の幅が約3㍍、奥行きが約4.6㍍。日本が出品した約6000点のうちでも最大の部類。御殿のほか、白壁の長屋門や能舞台、高さ約70㌢の火の見やぐらも付いており、全体を3つに分けて保存されていたという。

奈良で弥生時代前期のエノキの切り株展示

奈良で弥生時代前期のエノキの切り株展示
 奈良県立橿原考古学研究所付属博物館で、約2400年前の弥生時代前期のエノキの切り株が無料展示されている。展示は4月7日まで。3年前、同県御所市の水田跡の隣から200本以上の埋没林の一つとして見つかり、約3年の保存処理を経て、ようやく一般に披露されることになった。切り株の幹は直径約80㌢で、重さは約1.1㌧もある。切り株には火を押し付けて黒く炭化した跡もある。2400年もの悠久の時空を超えて、弥生人が切った切り株をいま目にすると思えば、感動もひと味違うか。