水口岡山城跡で秀吉時代の石垣見つかる
滋賀県甲賀市教育委員会は2月27日、豊臣秀吉が重臣に築かせた水口岡山城跡(滋賀県甲賀市)で、城があった山頂付近を広範囲に囲む石垣が見つかったと発表した。城は高さ283㍍の山の頂上にある。石垣は本丸などの主要部から20~30㍍低い位置で見つかった。城がある山頂周辺が広い範囲で高さ1.5~2㍍の石垣で囲まれていた可能性が高いという。この城が築造された1585年は、秀吉の天下統一の途中にあたる。城主の長束正家が関ヶ原の戦いで敗れた西軍だったため、廃城となった。
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卑弥呼の墓?初の立ち入り調査 奈良・箸墓古墳
卑弥呼の墓?初の立ち入り調査 奈良・箸墓古墳
考古学、歴史学の15の研究者団体の16人は2月20日、宮内庁が陵墓として管理している奈良県桜井市の箸墓古墳を立ち入り調査した。宮内庁が研究者側からの要望に応じて立ち入りを認めるのは初めて。同古墳は邪馬台国の女王・卑弥呼の墓とする説があり、邪馬台国論争に深く関わる研究の進展つながるとみられる。研究者らは約1時間半かけて墳丘の最下段を一周し、地表に見える葺き石や土器などの遺物の状態、墳丘の形などを観察した。墳丘表面で、築造以前の様子を示す弥生最末期の土器などが見えたという。箸墓古墳は全長約280㍍。最古段階の前方後円墳で、全国の巨大古墳のモデルになったとの説が有力だ。
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墳丘堤の外に石敷き 奈良・橿原 菖蒲池古墳
墳丘堤の外に石敷き見つかる 奈良・橿原の菖蒲池古墳
奈良県橿原市教育委員会は2月20日、同市の菖蒲池古墳(7世紀半ば、方墳)で、墳丘を囲むとみられる盛り土や、その外側に施された石敷きが見つかったと発表した。石敷きは墳丘の東西約20㍍の場所で、堤とみられる盛り土に沿って東西2㍍、南北4.5㍍分が見つかった。この時期で立派な石敷きがあるのは宮殿と寺院だけという。
通常は堤までが古墳の範囲とされ、さらに外側から施設が見つかるのは極めて異例。堀の幅は古墳正面から奥に行くほど狭くなることも判明。正面から見た際の遠近感を出す工夫とみられる。こうした手の込んだ造りから、古墳の被葬者は649年、無実の罪により山田寺で自害した蘇我倉山田石川麻呂や、皇族などとする説がある。