日本と韓国の研究者の調査によると、日本初の本格的な仏教寺院、飛鳥寺跡(所在地:奈良県明日香村、国史跡)で見つかった甲(よろい)と、古代朝鮮三国の一つ、百済(くだら)(4世紀半ば〜660年)の王宮遺跡(所在地:韓国忠清南道=チュンチョンナムド)公州=コンジュ市)で出土した甲の形や構造がよく似ていることが分かった。
飛鳥寺と百済の関係を記した「日本書紀」の内容を考古学的に裏付ける重要な物証だと専門家は指摘している。日本書紀によると、飛鳥寺は585年、百済から僧侶や技術者の派遣を受けて建設が始まったとされる。
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日本の研究G 謎の文明「ディムルン」王墓発見
飛鳥・甘樫丘で官僚邸宅か 天武・持統朝の塀跡
奈良県明日香村教育委員会は3月18日、同村の甘樫丘(あまかしのおか)遺跡群で、7世紀後半に造られたとみられる塀跡が見つかったと発表した。今回見つかったのは1辺約1.2mの方形の柱穴5カ所。昨年度の調査結果分も合わせると南北15m以上、東西7.2m以上の敷地を区画する塀があったとみられる。
専門家は律令国家の成立を目指していた天武・持統両天皇の時期の甘樫丘は官僚層の住宅施設があった可能性を指摘する。また、ここは有力豪族らの政争の場でもあった。
「日本書紀」によると、飛鳥時代前半の有力豪族で、天皇を凌ぐほどの権勢を誇った蘇我蝦夷(えみし)と息子の入鹿(いるか)が甘樫丘に邸宅を築いているが、中大兄皇子、中臣鎌足(後の藤原鎌足)らによる645年の「乙巳(いっし)の変」で、その豪壮な邸宅は焼き払われたとされる。