12世紀前半に京都・浄瑠璃寺本堂を移築 文献通り確認
京都府木津川市教育委員会は9月4日、同市の浄瑠璃寺で、12世紀前半に高さ約1㍍にわたり土を盛って造成し、国宝・本堂が移築されていたことが分かったと発表した。現地説明会は7日午前11時と午後2時。寺の変遷を記した室町時代の文献「浄瑠璃寺流記」(重要文化財)には「保元2年(1157年)に本堂を西岸の辺壊し移す(移築した)」などと記されており、その記述を裏付ける発見という。本堂の下を発掘したところ、土が層状になっており、地面の約50㌢下から、直径50~60㌢、高さ85㌢の井戸のような石組み遺構が見つかった。石の間にあった土器1点から、盛り土された時期を12世紀前半と特定した。
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新作能「世阿弥」能楽ゆかりの奈良・大淀町で7日上演
新作能「世阿弥」能楽ゆかりの奈良・大淀町で7日上演
能楽の大成者、世阿弥を現代の視点で哲学者の梅原猛さんが書いた新作能「世阿弥」が9月7日、奈良県大淀町の同町文化会館で上演される。同町は世阿弥が活躍した室町時代初期、能楽の座の一つ「桧垣本猿楽(ひがいもとさるがく)」が拠点にしており、能楽のゆかりの地として同町での公演が決まった。「世阿弥」は世阿弥と長男の元雅の情愛と葛藤、政治と芸術の相克を、古語ではなく現代の言葉で描く異色の能。
4月、東京の国立能楽堂で初演され、舞台照明や暗転を用いるなど伝統芸能の能には見られない演出でも話題になった。世阿弥役観世流シテ方の梅若玄祥さん。上演前に出演者が指導して観客が謡曲「高砂」を謡うワークショップを開催する。
創建1300年記念 興福寺仏頭展 東京芸術大 大学美術館で開幕
アイヌ民族の視点に立った歴史展示に 道が開拓記念館を改称
アイヌ民族の視点に立った歴史展示に 道が開拓記念館を改称
北海道は2015年春、道立北海道開拓記念館を「北海道博物館」と改称し、開拓によって生活文化を奪われたアイヌ民族の視点に立った歴史展示を大幅に拡充する方針を固めた。道はこの計画を10月にも道議会で説明、改称は来春成立を目指す「北海道立博物館条例」(仮称)で正式に決定する。政府もアイヌの歴史、文化への正しい認識と理解を促進するための国立博物館を道内に建設予定で、来年度中に基本計画を策定する。
札幌市厚別区にある開拓記念館は総合歴史博物館で、1971年に開館した。現在、アイヌの伝統的な衣装や住居などを展示しているが、先住民族の立場から見た歴史展示の充実が必要と判断。これまで詳しく触れていなかった開拓史の同化政策とともに、政府が1899年に制定した「北海道旧土人保護法」(1997年廃止)の内容についても展示する計画だ。
保護法により、アイヌ語が禁止され、日本語や和人(アイヌ以外の日本人)ふうの生活習慣を身につけさせる特設学校が設置されたことや、狩猟などを禁じられ農業をすることを前提に与えられた土地が、狭く荒れていたことなど、事実として存在したアイヌ民族抑圧の歴史も忠実に表現される予定。
初代竹本義太夫「三百回忌法要」寄付2500万円が支えに
初代竹本義太夫「三百回忌法要」寄付2500万円が支えに 文楽の語り芸「義太夫節」を創始した初代、竹本義太夫(1651~1714年)の「三百回忌法要」が8月28日、大阪市天王寺区内で営まれた。墓石や供養塔は一部が剥落するなど損傷が激しかったが、自主公演売り上げのほか、文楽の技芸員(演者)や来場者の寄付で約2500万円を集め、新調したり、修復したりすることができた。
法要は技芸員有志でつくる「人形浄瑠璃文楽座 因講(ちなみこう)」が主催し、午前11時から超願寺(天王寺区)で始まった。集まった寄付で新調された墓石も公開された。
竹本義太夫は江戸時代の義太夫節の開祖。摂津国・天王寺村(現在の大阪市)出身。農家に生まれたが、音曲を修業し、清水(きよみず)理太夫の名で、古浄瑠璃界で頭角を現し1684年、竹本義太夫と改名、道頓堀に竹本座を興した。近松門左衛門を座付き作家に迎え、「出世景清(しゅっせかげきよ)」「国性爺(こくせんや)合戦」などヒット作を連発。人形操りと合体し、今日の文楽につながる人形浄瑠璃発展の主導的役割を果たした。
「明治日本の産業革命遺産」を選定 世界遺産推薦へ
二条城の唐門を一般公開「菊」の金具下から「葵」の紋
ベルリンで森鴎外の元恋人の写真発見「舞姫」モデル
ベルリンで森鴎外の元恋人の写真発見「舞姫」モデル
明治の文豪、森鴎外の小説「舞姫」に登場する悲恋のヒロイン、エリスのモデルとみられるドイツ人女性「エリーゼ・ヴィーゲルト」の写真が見つかった。ベルリン在住の作家、六草いちか(50)が、写真を持っていた子孫を捜し出した。保管されていた写真には夫とともに写っていた。本人の直筆で妹へのメッセージが書き込まれており、エリーゼが41~52歳の間に撮ったものと推定できるという。
エリスのモデルは、ドイツから鴎外を追って来日した際の乗船者名簿などで、実在が確認された。六草さんは、教会に残された記録などから1866年生まれの「エリーゼ・マリー・カロリーネ・ヴィーゲルト」と特定し、その説を2011年の著書で発表していた。
日イ両国の29団体約60人が参加し防災ワークショップ
インドネシア大学で日本講座開講 12月までリレー講義
インドネシア大学で日本講座開講 12月までリレー講義
西ジャワ州デポックのインドネシア大学(UI)は9月11日、日本の政治経済や文化について日本・インドネシアの産官学を代表する講師13人がリレー講義する日本講座を開講した。インドネシア人学生に、日本に幅広い関心を持ってもらうのが狙い。昨年に続き2回目。
同講座では初回の鹿取克章・駐インドネシア日本大使はじめ、佐々木篤・国際協力気候(JICA)所長、本岡卓爾ジャカルタ・ジャパンクラブ(JJC)理事長ら日本人講師のほか、ハッサン・ウィラユダ元外相、長期にわたってインドネシアで事業展開するパナソニック・ゴーベル・インドネシアの幹部、さらに日本と産官学各界で活躍するインドネシア人も増やしていく予定。
初回は講師として鹿取大使が登場し、「日本の外交政策、インドネシア二国間関係」の題で講演。約150人の学生を前に、①2013年上半期の日本からインドネシアへの投資額が全体の16.2%(23億㌦)を占めるなど政治経済面での関係は深まり、日イ関係が新たな段階を迎えている②08年に始まった日イ経済連携協定(EPA)で、これまでに看護師・介護福祉士候補者計1048人が日本に派遣され、192人が国家試験に合格している③2013年上半期の訪日インドネシア人観光客数が過去最高の6万5000人を記録したこと-などを説明。今後はとくに両国の人的交流が活発化していくと指摘し、「日・イ関係をより緊密にしていこう」と呼び掛けた。