「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

18世紀 音色再現 ノートルダムに新たに9つの鐘

18世紀の音色再現へ ノートルダムに新たに9つの鐘
 建築開始から850年になることを記念してパリのノートルダム寺院に取り付けられることになった9つの鐘が2月2日、一般公開された。新しい鐘は2月末まで公開された後、1つは南塔の大鐘「エマニュエル」の横に、8つは北塔に取り付けられる。3月23日から、鐘が同時に撞(つ)かれ、9つの鐘がハーモニーを奏でるという。14世紀に同寺院が完成した時、鐘は10以上あったが、1789年のフランス革命後の混乱でほとんどが失くなった。

唐招提寺など奈良9社寺が復興願い福島でシンポ

唐招提寺など奈良9社寺が復興願い福島でシンポ
 観光庁は奈良県と協力し2月14日、福島県郡山市で、東日本大震災からの復興を願い、唐招提寺、東大寺、興福寺、春日大社、石上神宮など奈良県の9社寺を集めたシンポジウム「祈りを通して知る日本の歴史と文化」を開催する。外国人観光客を案内する通訳案内士の育成を目的としたシンポジウムだが、一般参加も受け付けている。東北地方に伝わった奈良の文化について語り合う。郡山市公会堂で午後0時半~3時半。参加費は無料。

新宿で4000年前の縄文時代の人骨11体分発見

新宿で4000年前の縄文時代の人骨11体分発見
 東京新宿区の建設現場で縄文時代の人骨が発見された。骨は性別不詳のものも含め、少なくとも11人分見つかり、国立科学博物館の鑑定により、およそ4000年前の縄文時代中期~後期のものと判明した。現場は縄文時代の集落跡とみられ、貝塚ではない場所から保存状態の良い人骨が見つかるのは極めて異例のことという。

後白河法皇の側近・俊寛の自筆書状を初確認

後白河法皇の側近・俊寛の自筆書状を初確認
 京都・陽明文庫が所蔵する公家の日記「兵範記(ひょうはんき)」(重要文化財)の紙背文書(しはいもんじょ)から、平安時代末期の僧、俊寛の手紙が見つかった。俊寛の自筆書状が確認されたのは初めて。俊寛は後白河法皇の側近で、平家打倒の陰謀を企てた鹿ケ谷事件(1177年)に加わって事前に発覚、鬼界島に流罪となった僧で、平家物語に登場、能や歌舞伎の演目としても有名。書状は船木荘という荘園からの上申書に関して「兵範記」の筆者、平信範宛てに判断を求める内容。「法師快□」(□は途中で紙が切断されている)の末尾の署名を、今回デジタル化によって見やすくなった文字を再検討した結果、「法眼俊□」と読めることが分かった。

平泉 鳥獣戯画に似たカエルが描かれた木片出土

平泉で鳥獣戯画に似たカエルが描かれた木片出土
 岩手県教育委員会は、奥州藤原氏の政務の拠点があった岩手県平泉町の国指定史跡「柳之御所遺跡」から、擬人化されたカエルが墨で描かれた木片が見つかったと発表した。国宝「鳥獣人物戯画」(平安~鎌倉時代)に似ており、同時に出土した遺物から12世紀後半のものと推定される。

飛鳥寺西方遺跡で「槻の樹の広場」の遺構発見

飛鳥寺西方遺跡で「槻の樹の広場」の遺構発見
 奈良県明日香村教育委員会は1月30日、飛鳥寺西方遺跡で7世紀中ごろ~後半の石敷きが東西15㍍、南北24㍍にわたって見つかったと発表した。同遺跡は『日本書紀』に登場する「飛鳥寺西の槻(つき=ケヤキ)の樹の広場」とみられている。したがって、この広場は大化の改新の立役者、中大兄皇子(後の天智天皇)が蹴鞠中に初めて中臣(藤原)鎌足と出会った舞台。石や砂利を隙間なく丁寧に敷き詰めており、同村委は当時の皇族・貴族らが饗宴や儀式を催した場所にふさわしい空間だったとしている。

堂内修理ほぼ終了で東大寺法華堂の本尊戻る

堂内修理ほぼ終了で東大寺法華堂の本尊戻る
 堂内修理のため、お堂から境内の東大寺ミュージアムに移され安置されていた本尊の不空けん索観音像が1月25日、2010年以来、2年余ぶりに堂内に搬入、戻された。東大寺法華堂(8世紀、国宝)の須弥壇(しゅみだん)の解体修理や、耐震に向けた構造強化などの堂内の修理のため本尊も移されていた。この間、仏像表面に張られた金箔の剥落止めなどを施されたほか、堂内の修理もほぼ終了したため。

エチオピア南部で175万年前の原人の石おの発見

エチオピア南部で175万年前の原人の石おの発見
 日本とエチオピアの合同調査隊チームは、エチオピア南部のコンソ遺跡から175万年前に原人ホモ・エレクトスが手に持って使っていたとみられる鋭利な石器で、最古級の「握斧(あくふ)」を発見したと発表した。発見したのは打製石器約350個で、うち4個が175万年前の握斧と判明した。全長約16㌢で、石を割って剥がれた薄片を、さらに形を整えてつくったとみられる。この遺跡からは、ほかにも85万年前までの90万年間にわたる大量の握斧が出土している。

阿仁マタギ 狩猟用具を民俗文化財に 文化審答申

阿仁マタギの狩猟用具を民俗文化財に 文化審が答申
 文化審議会は1月18日、「阿仁マタギの狩猟用具」(秋田県北秋田市、秋田市)を重要有形民俗文化財、「呼子の大綱引き」(佐賀県唐津市)など3件を重要無形民俗文化財に、それぞれ指定するよう下村博文文部科学相に答申した。阿仁マタギは北秋田市を拠点とする狩猟集団。国内の狩猟習俗を知るうえで重要として、行商道具を含む293点を指定する。呼子の大綱引きは毎年6月に行われる。「浜組」と「岡組」に分かれて綱を引き、浜組が勝てば豊漁、岡組が勝てば豊作になるとされている。5月の節句に合わせて行われる綱引きとして九州に現存する唯一の事例。このほか、兵庫県三木市立金物資料館が保管、展示している「播州三木の鍛冶用具と製品」など4件を登録有形民俗文化財、小学生の女の子が演じる神事芸能「河口の稚児の舞」(山梨県富士河口湖町)など5件を無形民俗文化財にするよう求めた。

薬師寺 食堂は僧侶300人想定 別格の広さだった

薬師寺の食堂は僧侶300人想定の別格の広さだった
 奈良文化財研究所は1月24日、薬師寺(奈良市)の、僧侶が食事や修行をした食堂(じきどう)の創建時の規模は約625平方㍍と広かったことが分かったと発表した。食堂は土と砂を突き固めた基壇の上に築かれ、東西40.7㍍、南北15.4㍍。規模は僧坊に住んでいたと推測される僧侶約300人が十分に入れる大きさという。「薬師寺縁起」によると、食堂の規模は東大寺、大安寺に次ぐ大きさとされているが、その記録をほぼ裏付けている。