京都で現代語の新作能「世阿弥」の試演会
能の大成者、世阿弥の生誕650年を記念し、彼を題材にした現代語の新作能「世阿弥」の試演会が1月23日、京都観世会館(京都市)で行われた。同会には作者で哲学者の梅原猛氏、ポスターデザインの美術家、横尾忠則氏らが顔を揃え、観劇した。この作品は、世阿弥と子の元雅の情愛と葛藤、政治と芸術の相克を、古語ではなく、現代人の心情に照らし現代語で分かりやすく描いた異色作。演出は能楽師の梅若玄洋氏。この新作は4月19、20日、国立能楽堂(東京)で上演される予定。
「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ
前脚だけ 翼状の羽毛 中国遼寧省 新種の恐竜化石
12万年前 北極圏グリーンランドは8度も温暖
副葬品の銅鏡は中国製 新潟県胎内市・城の山古墳
副葬品の銅鏡は中国製 新潟県胎内市・城の山古墳
新潟県胎内市教育委員会は1月15日、同市内の日本海側最北の前期古墳「城の山古墳」(4世紀前半)で昨年見つかった副葬品の銅鏡が、1~3世紀に中国でつくられたとみられる「盤竜鏡」と分かったと発表した。盤竜鏡は近畿以西を中心に出土しており、同古墳は当時の大和政権の日本海側の勢力範囲を改めて裏付けた形。盤竜鏡は直径約10㌢で、表面には竜の文様などがあった。中心のちゅうにひもを通したような跡があり、中国での使用方法と共通する。関係者は盤竜鏡の産地や文様はさらに分析が必要だが、副葬品のグレードが高く、被葬者は大和政権にかなり重視された有力な豪族とみられる-としている。
難波宮跡で瓦葺きの回廊の土壇跡見つかる
生誕100年織田作之助しのび「善哉(ぜんざい)忌」
盛岡の研究家が友人から見た啄木論を刊行
与謝野晶子 直筆短歌103首 原稿岡山で発見
与謝野晶子の直筆短歌103首収めた原稿岡山で発見
岡山県倉敷市に寄贈された薄田泣菫の書簡類の中から、歌人・与謝野晶子直筆の短歌103首が収められた原稿用紙が見つかった。親交が深かった同市出身の詩人、泣菫に新聞掲載用に送った作品で、うち16首は未発表とみられる。短歌はB4サイズの原稿用紙12枚に黒インクのペンで記されていた。
「街行けば涙ぐまるるおもひでの必ずわきぬまづしきがため」「砂踏むを焼けむとそしり網小屋の蔭をあゆめり物思ふ人」「物思ふ萱の葉などと並ぶ時今こし方のわれもうらめし」「髪よりも静かなるなし夕ぐれの山の色よりみづうみよりも」など16首は新聞紙面や晶子の全集に掲載が確認できず、未発表という。また、計15首を綴った2枚の原稿用紙には「紫影抄」と題名が付けられ、欄外に「一度にお載せ下さい」と朱筆で書き添えられていた。
中国の「書聖」王義之の書の写し見つかる
中国の「書聖」王義之の書の写し見つかる
東京国立博物館(東京都台東区)は、4世紀の中国・東晋時代の「書聖」と呼ばれる書家、王義之(おうぎし、303~361年、諸説あり)の書の写しが見つかったと発表した。この貴重な写しは、縦25.7㌢、横10.1㌢の紙に3行にわたり24文字で書かれ、手紙の一部とみられる。同館の富田淳・列品管理課長が鑑定した。王義之の写しと判断した根拠は①写した文字の輪郭の内側を墨でうめる「双鉤填墨(そうこうてんぼく)」という高度な手法で書かれている②王義之の息子「期」らの名前や、よく用いた表現「日弊」がある③「妹至帖(まいしじょう)」などに字姿がよく似ている-など。
筆使いや文面などから、7~8世紀の唐代に宮中で制作されたものの一部とみられる。王義之は楷書、行書、草書を芸術的な書体へと完成させ、古今第一の書家。優雅で力強い書風は、唐の太宗皇帝など歴代皇帝が愛好した。