2022年から10年ぶりとなる大規模な発掘調査が進められている佐賀県の吉野ヶ里遺跡で、弥生時代後期のものとみられる墓の一部が出土した。4月に4枚の平らな石が並んだ状態で見つかった。4枚を合わせると全長2mほどになり、調査している佐賀県によると墓の「ふた」という。弥生時代後期、1〜3世紀ごろの有力者の墓のふたとみられる。
専門家は「かなり身分が高い人の墓の一部の可能性が高い。さらに調べれば歴史的に大きな意味を持つ発掘になる可能性がある」としている。同遺跡ではこれまで、弥生時代中期の王の墓が見つかっているが、邪馬台国が存在したとされる弥生時代後期の有力者の墓だとすれば初めてとなる。
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英女王から維新直後 土佐藩士, 後藤象二郎に贈呈のサーベル見つかる
明治新政府樹立直後の1868年に起こった「パークス襲撃事件」で、英国公使を守った土佐藩士、後藤象二郎に感謝の印として英国のビクトリア女王から贈呈されたサーベルが東京都内で見つかった。
見つかったサーベルは長さおよそ96cm、束(つか)には象牙でライオンの頭の彫刻が施され、刀身には襲撃事件が起きた日付とともに「後藤象二郎に贈る」と彫り込まれている。さやには豪華な装飾が施されている。
事件は、当時の駐日英国公使ハリー・パークス一行が、天皇に謁見するために京都御所に向かう途中、攘夷派の志士に襲撃されたもの。後藤らの活躍でパークスにけがはなかった。
サーベルが見つかったのは東京・丸の内の古美術品などの収蔵施設「静嘉堂文庫」の書庫。同サーべルは6月に同美術館で公開される予定。