「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

中国河南省で出土のつぼは最古の白磁か

中国河南省で出土のつぼは最古の白磁か

東京国立博物館の研究チームは、中国河南省で2009年、3世紀の遺跡から出土したつぼが、この時代には存在しないとされてきた「白磁」の特徴を持っていることが分かり、これまでの発見例を300年以上遡る最古の白磁だと発表した。
見つかったつぼは高さ13.4cm、口径8.7cmの大きさで、2018年12月、東京国立博物館の研究チームが現地で詳しく調べたところ、表面に透明な釉薬がかけられているうえ、それが高温で焼き上げられてガラス質に変化しているなど、白磁の特徴を備えていることが確認された。
中国政府の研究機関は、このつぼが出土した遺跡は「三国志」に登場する古代中国の英雄、曹操の墓だとしている。

判読難の井伊直弼直筆の和歌集を現代文字で出版

判読難の井伊直弼直筆の和歌集を現代文字で出版

滋賀県彦根市の歴史好きの主婦たちがこのほど、文字の判読が難しいため、これまでほとんど全容が知られていなかった幕末の彦根藩主・井伊直弼直筆の和歌集を現代の文字に置き換えて読みやすくした本を出版した。
今回出版されたのは、井伊直弼が自ら詠み直筆で書き残した1030首余りの和歌集「やなぎのしづく」。国の重要文化財に指定されている「彦根藩井伊家文書」の一つだが、癖のある独特の字体で書かれているため読み解くことが難しく、その全容を知る人はこれまで研究者でもほとんどいなかった。
この難解な和歌集を解読しようと取り組んだのが同市の主婦の歴史愛好家たちで、およそ20年かけて作業を続け出版にこぎつけたという。
和歌集には恋愛や四季折々を詠んだものなどが収められている。このうち「めくますて あるべきものが道のへに 出たつ民のまことこころを」という歌は、藩主として初めて彦根に入った直弼が、領民の出迎えを受けて感激した心境を表現している。
井伊直弼といえば、「安政の大獄」で幕閣の大老として辣腕を振るい、吉田松陰や橋本佐内らの英才をはじめ数多くの人を死に追い込んだ怖いイメージ。しかし、これとは一線を画す、一人の文化人、そして領民を思いやる藩主・直弼の姿が垣間見られる歌集といえそうだ。

山口・秋吉台で春告げる山焼き

山口・秋吉台で春告げる山焼き

日本を代表するカルスト台地として知られる山口県美祢市の秋吉台国定公園で2月17日、春の訪れを告げる恒例の山焼きが行われた。
地域の消防団やボランティアなど1000人余りが参加。午前9時半になるとガスバーナーで一斉に点火され、観光客らはススキ
やネグサなど枯れ草の草原が、瞬く間に炎に包まれる雄大な光景に歓声を上げ、カメラに収めたりして楽しんでいた。枯れ草で薄茶色だった草原は、約3時間ほどで黒く姿を変え、点在する白の石灰岩とのコントラストが際立った。
美祢市によると、山焼きの範囲は約1138㌶で国内最大級。山焼きは景観維持などを目的に、毎年この時期に実施されている。

世界農業遺産の候補地に琵琶湖など3地域申請へ

世界農業遺産の候補地に琵琶湖など3地域申請へ

農林水産省は、伝統的な農業や生態系の保護などに取り組む地域を認定する「世界農業遺産」の候補地として、滋賀県の琵琶湖など3つの地域を国際機関に申請することになった。
申請するのは①1000年続く伝統的な「漁」を行っている滋賀県琵琶湖地域②独自和牛の改良を行った「但馬牛」の飼育を続けてきた兵庫県兵庫美方地域③扇状地という地形を生かしてブドウやモモなどの栽培や加工を続けている山梨県峡東地域-の3つの地域。
これらの申請がが認められれば、日本では14地域が世界農業遺産となる。世界農業遺産はFAO(国連食糧農業機関)が認定していて、これまでに21カ国・57地域が選ばれている。

京都・城南宮で恒例の「七草粥」1年の無病息災願う

京都・城南宮で恒例の「七草粥」1年の無病息災願う

京都市伏見区の城南宮で2月11日、参拝した大勢の人たちに恒例の「七草粥」が振る舞われた。時折雪が舞う厳しい冷え込みの中だったが、訪れた家族連れなどが、細かく刻んだ七草と餅の入った熱々のおかゆを、湯気を立ち昇らせながら食べ、体を温めながら1年の無病息災を願っていた。
城南宮では毎年、旧暦の正月7日に近い休日の2月11日に、城南宮の庭園で育てている約80種類の野草などの中から、収穫したセリ、ナズナなど春の七草の入った七草粥を、参拝者に振る舞っている。

土佐藩主・山内容堂所有の能面 大英博物館などで見つかる

土佐藩主・山内容堂所有の能面 大英博物館などで見つかる

英国の2つの博物館所蔵の江戸時代の能面を、法政大学能楽研究所の宮本圭造教授が調べたところ、5点が幕末の大政奉還に深く関与したとされる土佐藩主、山内容堂が所有していたものと分かった。海外にある能面の元の持ち主が分かることは極めて珍しく、明治維新後、日本美術ブームの中で外国人が買い求め、海外に流出したと考えられるという。
山内容堂が元の持ち主ちと判明した能面は、英国のロンドンの大英博物館所蔵の3点と、ビクトリア・アンド・アルバート博物館所蔵の2点の合わせて5点。能面の裏に「容堂居士」などの署名があり、いずれも容堂の直筆と考えられるという。容堂は能の愛好家で、50点以上の能面を所有していた。

大阪天満宮で裁縫技術の上達祈り「針供養」

大阪天満宮で裁縫技術の上達祈り「針供養」

大阪市北区の大阪天満宮で2月8日、裁縫で使い古した針を特大のこんにゃくに刺すことで感謝の気持ちを表すとともに、裁縫技術の上達を祈る伝統行事「針供養」が行われた。
和服を仕立てる和裁士や服飾学校に通う生徒らおよそ1,000人が参加し、幅50cm、高さ10cmほどの特大こんにゃくに縫い針やまち針を次々と刺して供養する姿がみられた。大阪府内はもちろん、兵庫県西宮市からの女性も来ていた。
大阪天満宮では、奈良時代に刺繍や裁縫の技術を日本に伝えたとされる遣唐使の吉備真備が祀られていることから、およそ90年前から毎年行われている。吉備真備は遣唐使船の”遭難”の大きなリスクがあった時代に、2回も遣唐使として中国・唐にわたり帰国後、大和朝廷の中枢で活躍した人物。

太平洋戦争中に沈没の戦艦「比叡」の切断船体見つかる

太平洋戦争中に沈没の戦艦「比叡」の切断船体見つかる

米国の調査チームはこのほど、太平洋戦争中の1942年、南太平洋のソロモン諸島沖、サボ島の北西の深さ985mの海底で、旧日本海軍の戦艦「比叡」を発見した。
激しい攻防戦の中で沈没したものとみられ、船体が切断された状態になっていて、専門家の見立てでは大きな爆発によって沈没した可能性が高いことが、今回初めて分かった。
比叡は、太平洋戦争の緒戦で1941年、ハワイ真珠湾攻撃にも参加。主要な戦いに投入され、第三次ソロモン海戦で連合国の艦隊の攻撃を受けて航行不能となり、最期は自ら船内に水を入れて沈んだとされていた。しかし、今回発見された残骸から判断する限り、尋常な最期ではなかったことが明らかになった。
潜水艇から撮影された映像には巨大なスクリュープロペラや舵(かじ)、高角砲の砲身などのパーツが映っているが、船腹を上にした状態で沈んでおり、大きな爆発で船体がいくつかに砕け散った惨状が想起される。

明日香村「小山田古墳」は飛鳥時代最大の「方墳」

明日香村「小山田古墳」は飛鳥時代最大の「方墳

奈良県立橿原考古学研究所の発掘調査によると、奈良県明日香村の「小山田古墳」が飛鳥時代の「方墳」としては国内最大規模とみられることが分かった。
今回の調査で一辺の長さが大きいところでは幅が80㍍以上あることが確認された。これまで飛鳥時代の方墳では千葉県の「龍角寺岩屋古墳」が、幅およそ78㍍で国内最大規模とされていた。小山田古墳が上回る規模と分かったもの。
そこで、注目されるのがこの古墳の被葬者だ。古墳の規模からみて、当時の最高権力者や権勢を誇った人物として天智天皇や天武天皇の父親、舒明天皇、蘇我蝦夷などの名前が挙げられている。今後の研究が待たれる。

江戸時代の譲位と即位の屏風絵 京都で初公開

江戸時代の譲位と即位の屏風絵 京都で初公開

4月の天皇陛下の退位と5月の皇太子さまの即位を控え、356年前の江戸時代に行われた天皇の譲位と即位の儀式を描いた屏風絵が1月30日から初めて、京都市東山区の京都国立博物館で公開されている。
この屏風絵は、江戸時代の1663年に行われた後西天皇の譲位と霊元天皇の即位に伴う一連の儀式を描いたもの。屏風は2点で一組となっていて、いずれも高さおよそ1㍍、横およそ3㍍。一つは京都御所の紫宸殿で行われた即位式の様子が描かれている。数えで10歳の霊元天皇が高御座(たかみくら)に座る姿や、一般の人たちが見物する様子が描かれている。いま一つは後西天皇の譲位の儀式で、三種の神器のうち剣と勾玉の継承などが描かれている。同博物館の平成知新館で3月10日まで公開されている。