「歴史くらぶ」カテゴリーアーカイブ

最古級の日本全図「日本扶桑国之図」発見 広島の博物館

最古級の日本全図「日本扶桑国之図」発見 広島の博物館

広島県立歴史博物館(広島県福山市)は6月15日、室町時代初期(14世紀中ごろ)に描かれたとみられる日本の古地図を確認したと発表した。
確認されたのは「日本扶桑国之図(ふそうこくのず)」と書かれた縦122㌢、横57㌢の地図で、広島出身の収集家から博物館に寄託された。扶桑国は日本の古い異称。
地図には北海道を除く東北から九州までの旧国名が、九州側が上、東北側が下に描かれ、薩摩、大隅両国から陸奥国まで68カ国の位置や名称などが記されている。九州の近くには当時の沖縄の地名「龍及(りゅうきゅう)」の文字もある。このほか、人口や寺の数なども記されている。

平城宮跡で大規模な調理場跡 “宴”開かれた跡

平城宮跡で大規模な調理場跡 “宴”開かれた跡

奈良文化財研究所によると、奈良時代の平城宮跡(奈良市)で火を使って煮炊きした大規模な調理場だったとみられる跡が見つかった。
同研究所の発掘調査で今回見つかったのは、平城宮跡の東にあたる皇太子の宮殿などがあった東院地区。建物があった場所に直径40㌢ほどの焼けた土が4カ所一列に並んで見つかったほか、大量の炭が確認された。周辺からは奈良時代の皿やお椀などの土器が数多く見つかっている。昨年はこの近くで洗い場とみられる跡も見つかった。平城宮跡で調理場とみられる跡が見つかったのは初めて。
古代の歴史書「続日本紀」には、この地区で天皇や貴族がたびたび盛大な”宴(うたげ)”を開いたという記述がある。

伏見稲荷大社で豊作祈る「田植祭」

伏見稲荷大社で豊作祈る「田植祭」

京都市伏見区の伏見稲荷大社で6月10日、今年1年の豊作を祈る「田植祭」が行われた。
境内にある約300平方㍍の水田で、あかね襷(たすき)に菅笠(すげがさ)姿の女性らおよそ20人が、丁寧に苗を植え付けていく。この田植えが行われている傍らで、平安時代の衣装を身にまとった4人の女性が伝統的な神楽の演奏に合わせて「御田舞(おたまい)」と呼ばれる舞を奉納し、今年の豊作を祈った。訪れた見物客はこの伝統的な神事を熱心にカメラに収めていた。秋には収穫され、神前に供えられる。
田植祭は、五穀豊穣の神さまとして知られる同大社で毎年行われる神事。

滋賀・西教寺で命日の6/14に明智光秀の功績称えフォーラム

滋賀・西教寺で命日の6/14に明智光秀の功績称えフォーラム

明智光秀公顕彰会は、光秀の命日とされる6月14日、ゆかりの滋賀県大津市の西教寺で、発足30年の記念フォーラムを開く。14日は午前10時から茶会(500円、茶菓付き)、正午から法要、午後1時から記念式典が行われる。15日には分科会、16日は散策ツアーなどが企画されている。
同顕彰会は1989年、武将として、領主としての光秀の功績を後世に残す目的で発足。事務局の西教寺は光秀の菩提寺で、毎年6月14日に追善法要が営まれる。今回は30周年の節目にあたることと、光秀が2020年のNHK大河ドラマ「麒麟(きりん)がくる」の主人公として取り上げられることが決まり、今後、マスメディアへの露出度が高まることが見込まれている。
西教寺の総門や梵鐘は光秀が築城した坂本城の城門や陣鐘だったと伝わる。

大和郡山で区画整備の道の跡 平城京の「条坊」か

大和郡山で区画整備の道の跡 平城京の「条坊」か

奈良県大和郡山市教育委員会によると、奈良時代の「平城京」の南に位置する同市の「平城京南方遺跡」から、平城京と同様に区画整備された道の跡が見つかった。
同市教委発掘調査の結果、東西に走る幅4㍍ほどの道の跡と、南北に走る幅6㍍ほどの道の跡の一部が見つかった。
平城京では道路が碁盤の目につくられた「条坊」と呼ばれる区画整備が行われているが、今回見つかった道の跡も同様の区画整備がされていたという。
平城京は東西に走る「九条大路」が南の端とされているが、平城京がこのエリアまで広がっていたのかどうかを、今後議論する必要があるとしている。

「北前船」寄港地 関西7市町が協力観光PR

「北前船」寄港地 関西7市町が協力観光PR

「北前船」の寄港地として文化庁が創設した「日本遺産」に認定された、関西の7市町が協力して歴史的な観光拠点としてPRしていくことになった。
江戸時代から明治初期にかけて日本の物流を支えた北前船。この寄港地だった全国38の市と町が日本遺産に認定されている。このうち関西で認定された大阪市や神戸市など7つの市と町は、今年10月から半年間、地元のガイドが案内しながら、北前船の歴史をたどる街あるきを企画するなど、協力して観光PRしていく。

鑑真しのび唐招提寺で「開山忌」鑑真和上坐像特別公開

鑑真しのび唐招提寺で「開山忌」鑑真和上坐像特別公開

奈良市の唐招提寺で、寺を開いた中国の高僧、鑑真の遺徳をしのぶ「開山忌」が6月5日と命日の6日の両日営まれる。これに合わせ国宝の「鑑真和上坐像(がんじんわじょうざぞう)」が特別公開されている。公開は7日まで。
5日は境内にある中興堂で、僧侶がお経を唱える中、茶道の薮内流の家元がたてた茶が、鑑真和上坐像の”お身代わり像”に供えられた。また参拝者らは普段は見ることができないだけに、開山忌に合わせて公開された国宝の鑑真和上坐像に向かって静かに手を合わせていた。

西田幾多郎の未公開ノート50冊見つかる 独自哲学へ思索の軌跡

西田幾多郎の未公開ノート50冊見つかる 独自哲学へ思索の軌跡

京都大学などはこのほど、「善の研究」などで知られる哲学者、西田幾多郎(1870~1945年)の未公開ノート50冊が見つかったと発表した。宗教学や倫理学と題した講義ノートなどで、「西田の生の思考過程をたどることのできる第一級の史料」(京都大)という。
これらは遺族から預けられたノート50冊とレポート類250点から見つかったもの。写真撮影して電子データ化。これまでにノート14冊分の内容を書き起こした。
これまでに分かっている範囲では東大の学生時代から、京大教授定年退職前後の数十年にわたる思索の軌跡が刻まれている。善の研究など独自の哲学を展開した西田だが、アリストテレスやカントなどの古典から、同時代のドイツの数学者や米国の心理学者にも言及し、幅広い範囲で他の研究者の思索に関心を払っていたことがうかがわれるという。

「適塾」で2戦役でたどる英才門下生たちの特別展

「適塾」で2戦役でたどる英才門下生たちの特別展

「適塾」の門下生たちが戊辰~西南戦争にどのように関わっていたかをたどる特別展が、大阪市中央区の「適塾」(史跡・重要文化財)で開かれている。6月10日まで。開館時間は10時~16時。入館料は一般260円、高校・大学生140円。
江戸後期に蘭方医・緒方洪庵が開いた適塾は、主に軍制と医療の双方に数多くの英才を輩出した。その門下生、大村益次郎や大鳥圭介は戊辰戦争で指揮を執り、大村は明治政府の軍制確立に大きな役割を果たした。高松凌雲と佐野常民は赤十字の「博愛主義」に基づき、戦地に赴いて傷病者の治療にあたっている。このほか、大老・井伊直弼が断行した「安政の大獄」で吉田松陰らとともに散った橋本左内や、明治以後、頑として官職に就かなかった福沢諭吉らも適塾出身だ。
展示は、国産初の蒸気船を完成させた佐野常民所蔵の化学書「舎密開宗(せいみかいそう)」、洪庵の次男、緒方惟準(おがたこれよし)が著した医学書「軍医須知」など24点を紹介している。

ナスカで新たに25点以上の地上絵 ドローンで発見

ナスカで新たに25点以上の地上絵 ドローンで発見

ペルー文化省が行ったドローンによる調査で、「ナスカの地上絵」の近くでサルやシャチ、女性の踊り子、戦士などを描いた地上絵が新たに25点以上見つかった。
今回見つかった地上絵は、長年風雨にさらされて線が細くなっていて、地上や上空の高い地点からは見えにくく、ドローンが飛行する低空からようやく形として認識でき新発見に至ったという。
世界遺産に登録されている「ナスカの地上絵」は、およそ2000年前にペルー南部のナスカ台地に描かれた巨大な絵で、動物や幾何学的な模様など1000点以上が確認されている。